ニュースレター 第1号

2011年1月

安井猛皆様、よいお正月を迎えられましたでしょうか。
新しい年が皆様と皆様のご家族にとって無事な1年であるよう祈念申し上げます。

昨年は研究所を利用して戴きありがとうございました。
また、研究所に興味を示して下さる少なからぬ数の方々と接触できました。
利用者とサポーターあってこそ研究所の運営は成り立ちますので、まことに有難いことと感謝申し上げます。その証しとして、この度、ニュースレター第1号をお届けしたいと思いました。場合によれば、この通信がこれまで研究所と接触したことのない方々の目に触れることがあれば、それもまた幸せなことです。

研究所が開設して以来3年半、恒常的に事業が成り立ってきました。それは研究所の存在理由と社会的正当性が証明されたことを意味するのだと思います。

昨年度予定どおり終了できたプログラムの本質的な部分、すなわち ロゴセラピー教育研修、エニアグラム連続講義、女性のための生涯塾、スーパービジョンそして最後のロゴセラピーの労働世界および経済について弊研究所長の思いを手短にお伝えいたします。また、ロゴセラピーに関する豆知識も用意いたしました。末尾になりますが、研究所を利用し、協力してくださる方々からの寄稿文を掲載しております。

1.ロゴセラピー教育研修

ロゴセラピー教育研修の理論編は、全部で4ゼメスターあり、4年間で修めることになっております。そのあと、実践編があり、人により多少の差異はありますが、4年間で面接の様々な技法と50時間のスーパービジョンと数日かけて行われる自己経験というグループによる集中訓練が行われます。これで新ロゴセラピストの誕生となります。

現在のところは理論編ですが、その内容に関していえば、
まず第1ゼメスターは「人間の本質 ― ロゴセラピーの人間学」、
第2ゼメスターは「人間の生成 ― 危機予防としてのロゴセラピー」、
第3ゼメスターは「神経症的人間 ― 危機介入としてのロゴセラピー」、
そして第4ゼメスターは「苦悩する、精神病的人間 ― 医師による精神の教導」というプログラムになっております。
現在、研修は第3ゼメスターが昨年の12月に終了しております。ロゴセラピストは神経症とどう向き合うかを学んだわけです。

フランクル先生によりますと、人間は心と身体の統一ですが、それに精神的次元が加わります。人間は人生の意味を探求し、その都度それを見つけるのですが、これは精神の働きであるとされます。これがうまくいかないと、身体にも心にも歪みが生じてきて、遂には無意味感、虚無感に悩まされます。フランクル先生はこの意味の神経症、精神因的神経症を発見したといわれます。それをはじめとして強迫神経症、不安神経症、性的神経症などを学びました。性的神経症にもさまざまな形態がありますが、12月に学んだ性的神経症の形は摂食障害で、その原因学とロゴセラピー的介入の仕方には興味深いものがあったことを覚えております。とくにこの形の神経症においてはフロイトとの対話が必要であることも明らかになったことを認識いたしました。

もう1つ、同じゼメスターの最後のブロックセミナーで興味深かったのは「意味におけるマネジメント」という箇所です。マネジメントは様々な意味合いで理解されますが、私はこの個所では「自己をマネジする」という意味で理解しております。その都度、価値があると思われるものを、自分自身との関わりでどう守り、実現するかということについてお話ししました。研修参加者はさまざまな職業に従事していますし、主婦もいます。が、果たすべき役割を果たす時にどのような価値を選び、実現するか、これが問題です。フランクル先生によりますと、人生の意味を見つけるということも、その都度、独一無比な人格が生活の一回限りの状況において、それにふさわしい価値を実現することに他なりません。

理論編を学んだ段階で、実際に療法面接の初歩を習得することは教育研修の狙いでもありますので、このゼメスターにおいては比較的多くの面接事例を扱い、面接規則も説明しました。現在、ロゴセラピスト候補生たちは研修を続けており、今年度は3月に第4ゼメスターが開始されます。遠隔地でロゴセラピスト教育研修を受けたい方々のために通信教育、あるいはそれと集中講義を組み合わせたシステムを組み立てておりますので、それを利用したい方はご連絡ください。個別に対処いたします。

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2.エニアグラム連続講義

昨年の8月にエニアグラム連続講義Iの部10回が終わり、同年の11月からエニアグラム連続講義II部が始まりました。2011年度に入り、1月29日14:30〜17:30 5回目の講義は「観察する人」について学びます。

この連続講義は全部で4年間続きます。当ニュースレターの読者にとってエニアグラムという言葉は始めて聞かれるかと想像いたします。

これはイスラム文化圏において発達し、連綿と今日まで伝えられている人格類型論です。人間には主として9つの人格上のタイプがあり、それぞれのタイプのヴァリエーションも多くあるといいます。それぞれのタイプには個性的な癖があり、それは人間が主として家族関係の中で成長するに従って身につけたものだと考えられます。それぞれのタイプは、「改革したがる人」「助けたがる人」「成功を追う人」「ロマンチスト」等々とそれぞれ名づけられています。

9つそれぞれの癖は深層心理学的に無意識の中に蓄積されて、生涯、その人につきまとい、最終的には鬱陶しくなります。人はそれ故に、自己改造をしたくなりますが、どうしたらこの改造を達成できるかと問うことになります。フランクル先生は無意識の精神性を認めたのですが、その身体的、心理的発達による被制約性についてはほとんど考えませんでした。しかし現在、フランクル先生の弟子たちはこの点に関して彼を超えようと試みており、その際、彼らの一部はエニアグラムに深くかかわっております。私自身も常々無意識の内容は精神的なもののみならず、心的、身体的なものでもあることを確信しておりますので、エニアグラムのロゴセラピーとの接続可能性の理論を開発しています。このような経緯で、連続講義を提供することになりました。

第Iツィクルスでは9つのタイプの人格および彼らの癖を理解する試みを提供し、
第IIツィクルスでは9つのタイプの人格が彼らを苦しめる癖をどのような訓練によって克服できるか、その道を明らかにすることにしております。
第IIIツィクルスにおいては訓練の過程において、そして訓練が一見完成した時さえも現れてくるリバウンドとどうかかわるかを指南することになります。すべてこれらのツィクルスにおいて講師はロゴセラピーの原則を念頭に置いていますが、
第IV ツィクルスではエニアグラムとロゴセラピーの関係を確認し、両者の学習がどのような人格形成をもたらすかを参加者それぞれが考えることにしております。

付け加えておきますと、この連続講義においては絵による自己表現の訓練も為されており、回を重ねるうちに自分自身についての理解が変化成長していくことが理解されるようになっております。これも弊研究所の工夫しるしの1つです。この連続講義はこれからも続きますが、これまでのところ確実に参加者各自の自己形成に貢献していると聞いております。
エニアグラムの学習は途中からでも可能です。興味のある方はお申込み下さい。

2011年度のプログラム

5回目

2011年01月29日 * 観察する人

6回目

2011年02月26日 * 慎重な人

7回目

2011年03月26日 * 幸せを求める人

8回目

2011年04月23日 * 強さを求める人

9回目

2011年05月28日 * 平和を求める人

10回目

2011年06月25日 * 根源へ

このあとは第IIIツィクルスへと続きます…。

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3.女性のための生涯塾

これは公認ロゴセラピスト安井有為子が担当するプログラムですが、現在、数名の参加者がおり、3年余り学びを続けている方もいます。活発で充実した塾となっていると聞いております。参加者たちはそれぞれ彼女たちの人生の課題と取り組んでおりますが、そのための確実で、有効な心構えをそれぞれ各人がしっかり固めていくことは必要であることを痛感しております。

一般に世の中というものはそうだと思いますが、世の中の流れの中で自分を見失うことがあります。ちょっと油断をすると不必要なことに巻き込まれる。

マスコミを通して世の中で起こることの情報はたくさん入ってきますが、それは手ごたえのある生きかたをするためには 実はまったく役に立たない。 自分の生き方を自らの手中に収めることは難しい。 ふと、自分は青春時代からこれまで一体どの程度生きるための糧を身につけてきたのか分からなくなる。 しかも、次世代を担うはずの子どもたちの教育はどうすればよいのだろう?彼らが世の中に出ていくためにこれまで何をどのようにしてきたのか、これからは何が必要なのか?

気がついてみると子どもたちはいつのまにか大人の年齢になっている。 このような、あるいは類似の、何処の母親も直面する問いをロゴセラピーの原則を縦横無尽に使いながら考え、解決を母親本人が見つけだすことを目標にした塾です。

ひと月に1度第2土曜日の午後、2時間ほどの塾ですが、この時間の半分をあらかじめ定められた塾生が話題を提供するために使い、そのあとの半分を他の塾生と調整役である安井有為子が対話のために使うことになっております。この方法はさまざまな工夫のあと自然な形で決まってきましたので、研究所独自の塾形態となっております。

話すことと聞くこと、そして考えることは対話におけるコミュニケーションの基本ですが、この基本を守ることを学ぶことによって自己価値の感情および自信を少しずつ増大させることができます。それに伴ってさまざまな形の不安のただなかですこしずつ希望を持ち始めることができます。

現在、参加者の年齢は50歳前後になっておりますが、20代後半、30代の子育てと教育を最初に経験する母親たち、そしてこれから巣立つ子どもたちを持っている40代の母親たちにも研究所からのメッセージを届けたいと念願しております。家族の成員がそれぞれ結びあい、相互の役割を果たしながら良好な繋がりを確認しあい、その結果家庭生活の中に幸福感を味わうことができればよいことだと考えております。このことがうまくいく道は各人が自分のために切り開いていかなければなりませんが、研究所のこれまでの良い結果を踏まえてできるだけ幅広い年齢層のために社会貢献をしたいと考えております。ご希望の方は研究所にご連絡ください。

2011年度 女性のための生涯塾 日程

02月12日

第2土曜日 *

03月05日

第1土曜日 *

04月09日

第2土曜日 *

05月14日

第2土曜日 *

06月04日

第1土曜日 *

07月09日

第2土曜日 *

08月13日

第2土曜日 *

09月10日

第2土曜日 *

10月08日

第2土曜日 *

11月12日

第2土曜日 *

12月03日

第1土曜日 *

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4.スーパービジョン

スーパービジョンという言葉はあまり聞きなれない言葉だと思いますが、このすこしばかり現代的な言葉で研究所の他の活動を総括することにいたしました。「監督すること」というくらいの意味だと理解していただければよろしいのですが、相談、療法面接、手紙療法というネーミングのもとで行われる活動のことです。

相談は何事かをどう処理していいかよくわからないので必要なやり方を知りたいという方々を対象としております。特に要望の多いのは退職後の生活の立て方に関する指導です。退職は少なからぬ人々にとって重大な変化です。退職を喪失ととらえるか、チャンスととらえるかがその後の生活に影響を及ぼしますので、来るべき退職をチャンスとして捉えられるような生き方を退職の10年ほど前からしておけば良いと思います。
退職と同時に生き方に退行現象が起こる場合がありますから、持続的な訓練が必要です。

弊研究所ではこの点での相談を行って成果を上げております。月に1度の相談を一定の期間行い、本人がやる気をおこせばすこしでも楽しい生き方ができるようになります。
退職の前後に伴侶を失う、親しかった仲間が1人また1人と逝去する。自分自身も体調を崩す、そしてこの世との別れをこれまで以上に考えざるを得ない。これらは退職後の大きな仕事です。

いつ、そして誰に商売を譲るか?どのように譲るか?これも事業をしている人にとって重い問題で、潔さがないために残された者たちが困るということになりがちです。速めに決めておく、あるいは譲ることは重要なことです。成功しているほど厄介ですが、迫りくる変化へと適応する必要があります。残される者へ迷惑はかけないようにしましょう。いいこと一つもない老後を迎えるか、人にも自分にも楽しい生活を送れるかどうかはあなた次第です。これは相談で扱う問題の一部です。

相談は年齢、性別に関係なく生活の領域をカバーしておりますが、30〜50歳くらいの働き盛りの人々も色々な重荷を背負っていることが分かります。職場においても、家庭においてもそのことからくる緊張を緩和し、ストレスを解消することができない場合が多いので相談に来る方々がおられます。

ユングという深層心理学者がおりますが、彼は、人は35歳位までは仕事に就き、家族を作り、生活のための物質的な土台作りをする、と言っています。そのようにして人生のピークに達するので、それ以後は精神的な価値と意味を実現し始める。そして人は死を迎えるまでは成長のプロセスを継続する。このことが当たっているかどうかは分かりませんが、私たちの生活実感は仕事にすべてを取られてしまうので成長どころの話ではないということではないでしょうか。

そのような意味では第3者との相談を通して問題を整理する必要が出てきます。弊研究所にはこの必要から訪ねてくる中年、壮年層は少なくはありません。二十代の半ばで企業を興そうと精進している人もいます。事業の上で前に進めない、しかし後戻りもできない時期がありますが、その時は状況に適合してどう生き延びてゆくか、状況への適合が、忍耐し辛抱することが問題になります。これは捉え方によってはやがて来る飛躍のためのエネルギーの蓄積として重要なことなのですが、これを理解できず、苦境をチャンスにできない人々が少なくありません。定期的相談が必要な理由です。

手紙療法は現在、主として教育問題が多いようです。さまざまな理由から教育を中断することがあります。また慢性的な体調不良の状態がある場合、元気だけれども、学生をしながら随伴が必要である場合があります。そのようなときは月に1度、定期的に受け取る手紙が役に立つのでしょう。現在は、絵を同封して、導入のテキストに沿ってそれを眺めて、解釈するよう促しております。テキストを作成する時には、受け取り手が生きることへ勇気づけられるよう配慮しております。別な年齢層、別な生活領域においても、直接弊研究所を訪れることができない場合、手紙による遠隔療法に関する問い合わせは最近多く、その方々に合った手紙療法を展開する必要があろうと思っております。場合によれば日記療法も意味深いかもしれないと考えます。

安井有為子担当のコンサルテーションは、定期的には、少数の婦人に療法を提供しております。
それぞれの婦人のために全30回行い成果を挙げております。

財政的その他の理由から短期療法をすることは良いことであり、弊研究所ではそれも行っておりますが、昨年、一昨年の経験によりますと、短期療法はクライエントの心理的な成長あるいは経歴のゆえにしばしば難しい場合があります。その場合、安井有為子は まず月に2回(定期的に2週間に1回)それぞれ30分の療法30回、ほぼ1年をかけての療法を試みております。クライエントの日常生活のリズムにもよりますが、2週間に1回の割合での療法は良い成果を上げていることを確認しております。リバウンドの問題はつきものですから、それをよく観察したうえで30回限りにするか、継続の必要があれば、ご本人の希望があることが条件になりますが、少し間を置いて再度、1か月に1回或いは2か月に1回の頻度で療法を試みることもあり得るとしております。20〜30回というのはロゴセラピー的には標準的方法と考えられております。

事柄によっては短期間の療法で課題が解決され得る場合もあります。いずれにしても、精神分析などに見られる100回あるいは200回或いは長年に渡って、という長期に亘る心理療法はロゴセラピーの場合は皆無です。 本年度、2月下旬より安井有為子の担当している1人の方の療法が終了致しますので、1つ空席ができます。療法をご希望の方はお申し込み可能です。

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5.労働世界と経済

弊研究所はドイツ・ロゴセラピー&実存分析協会(DGLE)公認の研究機関です。このことからロゴセラピーの適用分野を定義づけております。4つの分野が挙げられます。家族療法、人格形成、労働世界と経済そして教育ですが、弊研究所はこれら4つの分野において役立つ仕事をするために存在するといえます。弊研究所の所長はすでに暗示しました通り、労働世界と経済の分野においても活動を行っております。会社の経営者はどのような精神的、心理的問題を抱えがちであるか、彼らが現在の社会においてどのようなストレスや「燃え尽き」症状を呈するのかは想像に難くないと思います。被用者もまた会社における自分の課題を果たすために働きながら同じようにストレスを抱え、燃え尽きてしまう。そのような中で自分の身体的、心理的、精神的に良好な状態とは一体どのような状態であるかを定義づけたいと願う。このようなことから最初から弊研究所の働きを労働と経済の領域を含めてきました。

さらに企業のマネジメント、そして自己マネジメントに関する知識と知恵を取り次ぐ仕事も着々と行われてきました。ロゴセラピー教育研修、エニアグラムそしてコンサルテーションという形において労働と経済の領域を扱ってきました。さらに弊研究所長はピーター・ドラッカー学会会員としてもドラッカーのマネジメント受容に関する議論を追っております。
ドラッカーは主として経済、社会、政治、歴史などを論じますが、彼の人間理解は精神医学や心理療法を論ずるフランクルと共通するところがあります。

両者は専門の領域は異なりますが、それでいて同じ人間観に立脚しております。このような認識は貴重ですので、2009年の学会誌『文明とマネジメント』、ドラッカー生誕100 年記念号に「ドラッカーとフランクルは相乗効果を発揮する」という論考を公にしております。その後、同じ学会誌第4号には「ネクスト・ソサエテイはトップマネジメントから何を期待するか?」という論文が掲載されました。フランクルのみならず、ドラッカーもハッキリと「人生の意味の探求とその発見という問題が実は経済活動と社会生活の営みの根底をなしている」と言っているのです。

このことを確認して弊研究所も黙ってはおられないということなのです。
昨年、2010年11月18日と19日、ウィーンで第2回ピーター・ドラッカー・フォーラムがヨーロッパ・ドラッカー学会およびオーストリア・ドラッカー学会の主催で行われました。目下、その大会での動向を注目しております。そこでの28のプレゼンテーションは、企業家たちのコーチやメンターとしての仕事、ロゴセラピスト教育研修の労働と経済領域の部分に影響を及ぼすに違いないと思っております。

また、ドラッカー学会仙台支部の主催する読書会も弊研究所長にとっては楽しい出会いになっております。そこでは普段あまり発言はしないのですが、昨年12月の読書会では非常に多く語ったらしく、「25分も語ったよ」とどなたかから聞きました。1月の会には口にチャックを、と決心しているところです。殊に、若い世代の皆さんのお話を聞くことは刺激になります。社会の動きを示す様々な情報を運んでくれます。彼らは現在および未来の社会の担い手ですので、いろいろと大変な苦労があろうかと思うのですが、読書会における世代相互の交わりが少しでも彼らの役に立てばいいと思います。会の主催者かつ世話役の方々に心から感謝しております。

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6.ミニ・ロゴ講座:ロゴセラピーと実存分析とはなにか?

ところで、このニュース・レターの著者はここまで頻繁に ロゴセラピーという言葉を使っていますが、それが何を意味するのか に触れておこうと思います。

ロゴセラピーの「ロゴ」は元々ロゴスというギリシャ語で、多義的な言葉です。それは「言葉」とか「理性」とか「論理」とか「意味」を含みます。ロゴセラピーの創始者であるヴィクトール・フランクル先生は「意味」という訳を採用しました。セラピーというのは、これもギリシャ語からきており、読者の皆さんもご存じの療法という意味です。ですから、ロゴセラピーという言葉は「意味に焦点を当てた心理療法」ということになります。この場合、意味というのは、宇宙の存在する意味とか人間の人生全体の意味というよりもむしろ、ある一回限りの状況における独一無比な個性を持つ人格の存在と行動に関わります。誰にせよ、人間はその時々の、一回限りの状況の中にあり、行動するわけですが、その際、彼あるいは彼女にとってベストの行動、意味ある行動はどのようなものであるかを明らかにしようとします。その場合、意識的にせよ、無意識的にせよ、自分が実現したいと思う価値を持ちます。そして、それが自分に一体どのような価値であるかをはっきりさせる必要があります。そして各自の持つ価値は彼あるいは彼女にとって目標となります。この目標が人間の自己決定に方向を与えてくれます。目標になるべき価値が明らかにならないと、人生の方向づけが定まらないということになり、身体的にも心的にもさまざまな症状が出てきます。

フランクル先生は症状の大本(おおもと)をなす状態を「意味の空虚」と呼びました。「意味に方向づけられた療法」としてのロゴセラピーは、それ故、対話を通してクライエントとともに彼の人生の状況に見合った価値を見つける助けをすることです。なぜなら、クライエントはそのような価値を見つけそこなうと身体的心理的な意味での偏りや不安や強迫という神経症に落ち込んでしまいます。フランクル先生でなくとも、現代人はこの「落ち込み」がどんなに大変なことかを日々体験しているのではないでしょうか。

ロゴセラピーとは従って、価値の発見をとおしてこの落ち込みからの脱出を可能にする役割を持った心理療法のことだといってよいでしょう。

それからもう1つの言葉、「実存分析」は一体どういう意味でしょう?
実存とはどんな意味だろう?分析とはどう理解すればいいのだろう?

まず「実存」ですが、それは自分の置かれている状況において実現すべき価値を問い、意味を問うあなた、わたしという人間のことです。私たちは、すでにみたように意識的、無意識的に自分の人生に意味を与えたいと願い、それなりの努力をしております。場合によれば、そのために一喜一憂しながら生き方を模索いたします。

フランクル先生はこのような生き方は1つの考え違いを含むかもしれないといいます。なぜなら、厳密に言いますと、私たちが生きる意味を問うのではなくて、むしろ逆に人生そのものが私たちに、私たちの存在と行動の意味を問うてくるというのです。

誰にせよ、人生そのものの方からこのような問いが懸けられてくる。その結果、私たちの課題は、そのような人生そのものからの問い懸けにたいして何らかの仕方で答えることに他ならないというのです。

正確か、不正確かを問わず、私たちは事実上自分たちの生き方を通してこの人生そのものからの問いかけへの答えとなるということです。私たちは元来このような態度で自分の人生を「解明している」というのです。フランクル先生は従って、「分析」という言葉を「解明する」という意味あいで使っているということになります。この私という人格の生き方、価値の見つけ方を「解明する」。これが普段聞きなれない実存分析という言葉の意味していることです。

弊研究所が目指すことも、この私の、あるいはあなたの人格の生き方、価値の見つけ方、意味の求め方の道筋を明らかにすることです。 このような意味での実存分析はどうしても、自分のベストな生き方を見つけるには欠かせませんね。読者の皆さんは、弊研究所の存在理由をこの説明の後ではいっそうよく理解されたことと思います。

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7.弊研究所に連なる各方面のかたがたからお言葉を戴きました。

上に弊研究所長は彼の角度から研究所を語りましたが、次に、弊研究所に連なっておられる方達、さらに弊研究所のプログラムについて考えておられる友人知人たちからのお言葉をニュースレターのために戴きましたのでお伝えいたします。

ロゴセラピスト教育研修受講中 Fさんからの言葉

2008年3月22日、貴研究所を初めて訪れる。鏡に囲まれた部屋、白木の会議用机、その明るさになぜかホッと安堵感さえ覚えた一瞬の印象はいまもはっきり思い出す。9:00、教育研修講義が緊張の内に始まり、与えられた資料の内容は「意味への意志、精神の概念、良心・正直について」等々、ロゴセラピーの基本概念がびっしり。V・E・フランクル先生が生涯をかけて探求され実践された信念はその重みと輝きを携えて、2日間の研修が終わるころには私の脳の僅かな引き出しをいっぱいに埋め尽くしていた。1年に4回、4年間連続講義に実践研修がその後もまだ数年間続く。日常の合間の研修と学習だけでは実際に役立つまでになれようはずはない。再三脳の引き出しを開いては復習にも時間を取り学ぶうちに気づかされたことがある。セラピストとして学ぶことはもとより、自分自身の事柄として学びながら、学んだことが身体の一部になること。そのためには思考においても、生活においても、常に何事にもオープンな姿勢が必要であること。その状態が毎日、刻々支障なく連なってはじめて、意味は活きてくるという思いだった。私が生きている意味、生かされている意味を探るのは先ず、自分自身のためであって、他の誰のためでもない。ことにフランクル先生の名著『識られざる神』から選別された「良心と正直」についての講義は初めて耳にした時から3年を経た今も、私自身の瞑想的思考の好資料になっている。

急速に変動している地球上の諸事情は、様々の分野で複雑に絡み合い、世界中を渦に巻き込んでいる。身近な日本の政情が、住民のためにどのような変化をしてゆくのか、考えれば不安にかられることも少なくない。けれど、それでもポジテイブ思考に徹底し、チャンスをつかみ、今日まで生かされてきたことを明日への生きる勢いに繋げる剛(つよ)さと優しさを日常の生活に持ち続けたい。私的には、刻々老いてゆくことを意識せざるを得ないこの頃は、何はさておいても「精神と身体と心の調和」を驕(おご)ることなく意識し続けられたら、と研修で学ぶ知恵や知識は自分自身が自分で在り続けるための刺激にもなっている。教養の教科書でもあり、療法士としてクライエントと向き合う際のまたとない刺激でもある。基礎理論研修が終わってもさらなる方法論演習の時間を学びたい、学ぶことに穏(おだ)やかに意欲的であり続けたいと思う。

研究所との出会い
エニアグラム連続講義参加者 E・Kさんからの言葉

人が苦しい時、楽しい時、悲しい時、窮屈な時、腹立たしい時、他人に対する好き嫌いなどの感情が湧いた時などなど…、それをどう認識し、そしてどのように超えるかの知恵が、エニアグラムの中にあること、研究所に通い始めてほぼ1年にして、なんとなく漠然とではあるがイメージできるようになった。

また、人間観察(他人や自己の観察)のためのすぐれた「眼(まなこ、まなざし)」であることも知った。自然科学の分野で例えれば、顕微鏡、望遠鏡、内視鏡カメラ、3Dアイなどのようなもの、人知を集めた英知だとも思った。

こういう感想を持つにいたったのは、先生の連続講義をうかがってからである。以前に読んだ書物からは感じなかった部分である。もっとも個々の具体的な理解を得るまでには、わたし自身なってはいないのだけれど。

先生が半生かけて研究なさったエニアグラムを先生の生きた言葉によって学べる興奮は突然訪れたという感じである。きっかけは掲示板の一隅にあった一片のパンフレット。聞けば長年お世話になった、ある先生が持ち込んで下さったものだという。そのまま受講をお願いした。不安はなかった。

講義の場は発言を強いられることもなく、強制されることもなく、ゆったりと落ち着いて自然であり、自由で静かな時間という印象である。学びの場を求めて遠くまで歩くことをほとんどしない私にとっては「せっかくの仙台にあるのだから」という軽いノリであったし、今思えば不思議な感じすらある。

この講義がこれからどのように展開してゆくかとても楽しみであると同時に、厳かな気持でもある。(終わり)

ドラッカー学会仙台読書会の主催者
桂利治氏(マネジメントコンサルタント)の寄稿です。

ドラッカーが再び脚光を浴びています。ドラッカーさんとは「マネジメントの父」と呼ばれる人です。残念ながらご本人は2005年11月に他界しましたが、その生誕100周年に当たる2009年はリーマンショックをはじめとする世界的な大変動の影響がおさまり、ドラッカーさん再ブームの年となりました。

2009年12月に出版された『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(岩崎夏海著)は大ヒットを記録し、2010年日本国内で最も売れた書籍となり、空前のドラッカーブームを呈しています。

ブームとは別に、ドラッカーさんの残した著作に学び、実践に繋げ 問うという地道な勉強会が日本各地で行われています。ここ仙台でも2007年7月から毎月一回「ドラッカー仙台読書会」を開催しています。安井猛先生は仙台読書会の常連さんの1人です。

日本語で「マネジメント」という言葉は「管理」のイメージがありますので、安井先生の活動とは相いれないように読者の皆さんは感じるかもしれませんが、実はそうではありません。

「マネジメント」は、組織がその活動を通じて社会に貢献し、また組織を通じて個人が社会に貢献するためのものです。ドラッカーさんは組織そして個人の存在に関して次のような問いを投げかけています。

「あなたの組織の使命は何ですか?」
「あなたは何によって覚えられたいですか?」

人に覚えられることは、他者に貢献し、他者を変えることを必要とします。人との関係性を通じて自分の役割は明確に定義され、そして、自分の役割を効果的に果たすことは、人間として良く生きることにほかなりません。

私は社会人としての出発点で経済功利主義的な管理を教え込まれましたが、ドラッカーさんを学ぶことによって安井先生のような人間愛をもって社会を見る方々と一緒に語りあえるようになったことに幸せを感じています。

「意味」を見出す「援助者」としてのロゴセラピスト=教育者
兵庫大学の教育学者、広岡義之教授からロゴセラピーに関する通信を戴きました。

フランクル(Viktor Emil Frankl,1905~1997)によれば、元来、「ロゴセラピー」の仕事とは、現象学的分析に基づいて、ある人がある行為をなすことによって、真・善・美を経験し、他の人を愛することにおいて人生に「意味」を見出すことができるように「援助すること」と説明できよう。さらに「ロゴセラピー」の働きを「教育」に移行して考えるならば、元来「援助者」である教育者が、被教育者に人生の「意味」を見出すことを「援助すること」こそが、教育の本質であると考えられる。

確かにロゴセラピストといえどもクライエントに、その「意味」が一体何であるのかを告げることはできない。しかし、ロゴセラピストは少なくとも 人生には意味が存在する ということ、そしてその人生の意味は すべての人に開かれている ということ、さらにどのような条件のもとであれ、 人生の意味は存在するのだということを示すことはできるとフランクルは考えている。つまり人生は最後の瞬間まで、最後の一息まで、「意味」で満たされているというフランクルの考察は、不登校やいじめ、自殺者の増加する現在、きわめて注目すべき思想である。このようなものの考え方は、「無意味感」が蔓延する現代社会において、「生きる意味」を見失いかけている人々が立ち直るきっかけを十分に有した考え方であるといえるだろう。その意味でもロゴセラピーのさらなる普及が期待されるところである。

新しい出会い
C.Sさんの言葉

私が紹介で研究所と出会ったのが、1年3か月前ですが、生まれ育った環境の中でいつも思い悩むことばかりで、自分を出せないところで生きてきたような気がします。

最初は 学ぶということから遠ざかっていたので、不安だらけでした。皆さんの中で勉強していくうちに、自分に見えていなかった部分をすこしずつ知ることができ、感動しながら受け止め、身につけながら生きる糧にしたいと思っています。

いまは前向きに自信と勇気を持って、広い心で生きつつあると思えるのです、これからもご指導のほどよろしくお願い致します。

家族の中から何かが変わってきました
J.Sさんの言葉

安井先生と初めてお会いした頃の私の家庭は、誰にでもわかるほど、どこから観ても最大の危機に直面している状態でした。
押し寄せる不安と焦りと苛立ちの日々の中で、私自身は何も考えることができず、辺りかまわず思いつくまま毒を撒き散らす言葉をどれほど放っていたことでしょう。
夫も娘達も私には何を言っても無駄だとあきらめていたようです。
その頃の私は先生とお話しさせていただくことは必須でした。あれから数年経っています。

現在は私の不安も払拭(ふっしょく)され、落ち着いてきました。
生涯塾では新たな方向に、これからの人生と向き合っています。
いまでは、家族から「家ご飯が一番おいしいね」「やっぱり家が一番落ち着くね」と言ってもらえるようになりました。
日常生活での知恵や世間で起きている様々な話題で会話ができるようになりました。
研究所にも頼りっぱなしでしたが、距離をおくことも自然にできるようになってきました。
本当にありがとうございました。深く感謝いたします。

研究所に導かれて
M.さんの言葉

「親が変われば、子も変わる」わたくしなりに一所懸命、家事、子育てに力を注いて過ごしていた日々。あることを境に、それまでの生活が一変した。一体なぜ、我が家にこのようなことが起ってしまったのか? 人生においての「まさかの坂」に差し掛かったと教えられた。なんとかしなければ、と必死の思いで、同じ悩みを抱えてしまった親たちが集まる会やセミナーなどに通いました。そこで講師の方々から母親たちに向けて発せられる一言が、決まって先の言葉でした。

「変わる」という一言は、親としての自信をすっかり失い、大きな挫折を味わっていた自分に突き刺さり、受け入れがたいものがありました。ようやく受け入れられる段になり、真の意味を考えたとき、「自分の何を、どう変え、我が子の生きづらさの改善につなげられるのか」との課題にぶつかり、教えてもらえるところを求めました。

そこで導かれるように研究所につながり、こまやかにご指導いただいている現在です。時にそれは、つらく苦しい面もありますが、先生方が問いかける言葉は真剣で重く、受ける私たちに深く考えを促してくれ、これまでにない手ごたえを与えてくれます。

「自分は変わり、変えていける」と希望を持ち、講義や塾に臨んでいます。確実に変化を遂げていると…、共に学ぶ仲間に刺激を受けながら。

愚痴を言わない
C.さんの言葉

数年前、子どもたちの不登校という形で家族の問題が一気に表に現れたとき、私は原因をどこかに探すという遠回りの後、「変わらなければいけないのは、母親の私ではないのか?不登校に向き合うには、親の私のこれまでの生き方を、見直す必要があるのではないか?でも、どうやってやればいいのだろう?」と考え始めました。

それは40代に入っていた私が、20歳のころから感じていた私自身の息苦しさを、自分ひとりではどうにも解決できないと気づき始めた時期とも重なり、不登校、そして親子の問題に取り組む時の、その助けとなるものを探していました。そんな2007年8月、私は安井猛先生の、ひきこもりの子を持つ親向けの講演会を拝聴する機会に恵まれました。

その講演は、私の仮説に答えてくれる内容で、さらにそこには子どもたちが元気になる、信じられる「何か」があるように感じられました。私はもっと先生のお話が聞きたいと思い、幸い開設されたばかりの研究所で継続した勉強会が開催されると知り、参加申し込みをしました。

初めて参加した勉強会は、私にとって非常に厳しいものでした。私の職場での出来事を聞かれた先生は、そこに隠された私の真実の姿を、忌憚のない言葉で指摘されました。私は一瞬身体がぐらりと揺れ血の気が引き、身の置き所を失い逃げ出したくなる思いがしました。しかし心の奥の深いところで、(苦しむ子供を目の前にして逃げたくない!人生の中で私自身を変えるチャンスはもう最後かもしれない!)と、自分に言い聞かせる私がいました。

このとき、先生は私に「愚痴を言わない」という具体的な課題を下さいました。この言葉を聞いた時、私は何のことを言われているのか、全く分かりませんでした。「とにかく三ヶ月続けてごらんなさい、見えてくるものがあるから」先生はおっしゃいました。私はわらをもつかむ、そんな思いでただ取り組み続けました。

やってみると、「愚痴を言わない」は単純なことではなく、生活のあらゆる場面で考え続けることになりました。そして、気がついたことを勉強会で話し、修正し、より確かにしていき、新しい視点を教えて戴きました。さまざまの工夫が生活に動きと変化をもたらし、これまでの生き方とは違う、新しい経験が蓄積されていきました。思考が変わると行動が変わり、行動が変わると思考が変わるという、良い循環が始まり、それは私の身に留まらず、子どもたちの変化へと静かに伝わっていったように思います。

母親が真の自立を目指すことは、子どもの自立と各々の世界を広げることを妨げない、むしろ役に立つのだと彼らの姿から教えられました。
自分を変えるチャンスは生活の中にちりばめられています。研究所で私は、それに気づく目を養いそれをどう生かすかを、学んでいるように思います。小さな気づきを疎かにしない毎日を、グループワークでの学びを続けながら、送っていきたいと思います。

以上です、お言葉を戴いた皆様には心からの感謝を申し上げます。

この度のニューレター第1号はおわりに来ました。
次号発行は半年後に予定しております。
読者の皆様にはお忙しい中、最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

【発行者】
安井 猛
日本ロゴセラピー&実存分析研究所・仙台  研究所長
ドイツ国ロゴセラピー協会公認ロゴセラピスト
ロゴセラピー&実存分析訓練と研究のための国際学会理事
(スイス・バードラガツ)
ピーター・ドラッカー学会会員

【研究所住所】
宮城県仙台市青葉区本町1−13−32−オーロラビル605

【連絡先】
FAX のみ 022-707-4582

【研究所メールアドレス】
jilex-tws.okiu8@agate.plala.or.jp

【定価】
¥500.‐

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