ニュースレター 第4号

2012年7月

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読者の皆様へ

お元気にお過ごしでしょうか。
ニュースレター第4号をお届けいたします。
弊日本ロゴセラピー&実存分析研究所・仙台は2007年7月15日に開設されました。ニュースレターを開設記念日当日に記念号として刊行できましたことは大きな喜びです。

この度も、各方面から原稿を戴きました。
原稿をお寄せ下さった方々には、思い思いの仕方で「5年後の私」についての考えを筆にしていただきました。お忙しい折、時間を取って戴きありがとうございました。

この5年間は研究所の提供を社会のニーズに適合させる努力だけで精一杯で、改めて立ち止まって熟考することはできなかったのが実情です。それでもロゴセラピスト教育研修は滞りなく続き、エニアグラムについての連続講義、労働世界と経済の分野での能力向上セミナー、心理療法活動など着実に継続しております。そしてこれからも役に立つプログラムを提供し続ける所存でおります。この間の皆様のご支持とご協力を衷心より感謝申し上げます。

東日本大震災から元気を取り戻そう会も昨年6月以来、月に1回開催され今日に至っております。参加者はそれぞれの経験を背景としながら集い、地震と津波と放射能汚染により変わり果てた日常の中で自分自身を取り戻す努力をしたといえます。食生活、仕事と職場、子どもたちの学校、病気、老いなどとどう対処するかも私共の思考範囲の中にあります。この会の月例報告は毎回、弊研究所のHPに収録され、それは会の発足以来の私たちの活動の一部となっております。参加者たちは元気を取り戻させる言葉を自分のためにも他人のためにも見つけていきたいと考えております。

弊研究所は社団法人ドイツロゴセラピー&実存分析協会に連なっており、人格形成、教育一般、心理療法、労働世界と経済という全4部門のニーズを満たすことを目標にしております。特に東日本大震災以後は私の専門である哲学と宗教学と神学の研鑽結果を研究所の活動にこれまでよりももっと生かそうと思います。私はこれらの分野におけるドイツでの職業経験を私が帰国した1997年以来、封印してきました。それを解放するためには説明を要する部分があまりに多く、いまの私には荷が勝ち過ぎたからでした。私は5年後までには日本の皆様に役に立つと思われる私のドイツ経験を魅力ある仕方で提供する道を開いているかもしれません。 皆様方におかれましては、益々のご健勝とご多幸を念じあげます。

安井 猛
日本ロゴセラピー&実存分析研究所・仙台 所長

東日本大震災後、私たちはどのような幸福を語ることができるか?
ロゴセラピー的展望から

安井 猛

1 復興の時は労働が価値を持つ

作家、佐藤優(1960年生まれ)は同志社の神学部出身の神学者であるが、『獄中記』(2009)のなかで書いている、「僕はキリスト教の真理は普遍的であると考えている。もし、それが普遍的ならば、神であるとかイエス・キリストに一切言及しないでも真理について説明することができるはずである。そう考えたので、僕は牧師ではなく、外交官になろうと思った」と。キリスト教の伝統の中に出てくる名や言葉や概念を使わないで、しかも、事実上キリスト教の真理を表現する可能性を求めて外交官になった。その結果、いま獄中にいて「神と人間をめぐる思索」を続けているという。

この本の出版後、二カ月ほどして『神学部とは何か ― 非キリスト教徒にとっての神学入門』が出たが、彼はその中でいう、「一見役に立たないように見える神学という学問が、一人一人の人生の危機において、あるいはまた時代の大きな転換期において、ものすごく役に立つ。… 人間はいつか死ぬ。だから、生きることの意味を知る必要性が出てくる。人間は死ぬ時に『自分の人生は何だったのか』と誰もが考えるのである。神学はその時への備えになる」と。佐藤はこのように「死」を視野に収め、「生きることの意味」を探求し、そしてそれへ答えるために神学することの必要を語る。

この神学者は田原総一郎と宮崎学と鼎談し、彼らと共に『日本人のための新「幸福論」』(2012)を出版した。その最終章「日本再生の処方箋 ― もう一度『坂の上の雲』は可能か」の中に手てくる言葉を集めてみる。

「成長なくして復興なし」「一人ひとりが、いままでよりも働くことによってはじめて、復興が進む」「復興の時は労働が価値を持つ」「ものごとをカネに換算しない」「価値観の転換と競争の維持をどちらも進めなくてはいけない」「社会がおかしくなるときは、必ずエリート層からおかしくなる」「国民は何をやるのかといえば、欲望を追求する」「国に頼っている暇があったら、自分たちのできることをしろ(権藤成卿)」「(日本人は)カネ儲けよりも、モノを作ることに喜びを感じていた」「学生の本分は勉強すること」

これらの言葉の中から特に「復興の時は労働が価値を持つ」と「(日本人は)カネ儲けよりも、モノを作ることに喜びを感じる」の二つの考えを記憶したい。佐藤は「働け」という。それは「カネ儲けよりもモノを作ること」であり、「喜び」なのだと。それを取り戻せと。佐藤は「がんばろう!日本」というニセの励ましを批判する。「そもそも、『がんばる』事自体に意味がありません。『がんばる』のは、単なるプロセス。そこに、目標を伴っていないと意味を持たないんです。『俺は二日寝ないで、くそもしないで頑張っている』というのだって、がんばることに違いない。結局、このフレーズは、何に向かって進んでいるのかを問題にしているのではなく、プロセスだけを問うているんです」

「だいたい、『日本のためにがんばれ』と言われて、いったい何をすればいいんですか?原発を維持しようとがんばる人もいるでしょうし、脱原発でがんばる人もいるでしょう。目的を明示しない『がんばれ』には、まったく意味がありません」

「アクセルとブレーキを一緒に踏みましょうというのと同じですね。負荷をかける、つまりストレスばかりを与える、たちの悪いスローガンだと思います」私自身も震災後、勤務校の学生と先生たちとの15分トークの中で、「いま重要なのはそのような悪質な言葉ではなく、何が大事で、何を目標にして生きるかを私たちが『考えること』だと言ったことを思い出す。

また、佐藤は「カネ=幸福」という短絡的発想に縛られることを問題だとした。彼はこの発想を捨てて、働くことは「喜び」なのだとしなくてはならないと。大震災と原発事故はカネの飽くなき追求の後、働く「喜び」を失ったことに対する批判だったという。だから、私たちは慎み深くならなければならない。「安易な悲観論・不幸論を口にするのは、もうやめ」なければならない。

2 我利を克服するため死生観を作る

佐伯啓思(1949年生まれ)もまた『反・幸福論』(2012)を出した。この本の内容は一度雑誌『新潮45』に連載された。その執筆の途中に大震災と原発事故が起きた。それ以前に書かれた部分の一箇所で佐伯は言う、「死生観とは、『死』をどういうものとして受け入れ、『死』を前提にしてどのように生きればよいのか?という漠然たる了解です。近代人は、この意味での死生観を持つことはできません」と。佐伯によると、日本の近代および現代は、死の了解としての、そしてそれ故にまた生の了解としての「死生観」を持てずにいる。これは佐藤が上に、死生の探求としての神学の必要を訴えるのと同じである。

佐伯は大震災と原発事故とのかかわりで「『我利』にはしる日本人」を論じた。彼は東京都知事が大震災の絶大な威力を「天罰」としたのは的確だったとし、それは勿論、大震災の為に亡くなった方々ではなく、日本人全体の「我欲」の深さを指しての発言だとした。日本人は戦後、「幸福」を約束するとされる経済成長に彼らの持てる力と努力を集中した。

「この『成長』を可能とするものは何かと言えば、それは市場競争です。世界中に拡張された市場競争がそれを可能とした。市場競争の中で次々と新しい技術が開発され、新たな事情が掘り起こされ、それらが富を生み出し、その富を巡るさらなる競争が生じる。日本も、この十数年、グローバル化の掛け声の下で、構造改革や規制緩和、『官』から『民』へ、金融自由化、IT革命等によって市場競争強化の政策がとられました。市場競争は金銭的な『利益』を基準にします。『利益』の追求は『個人』をバラバラにしてゆきます」

「こうした、人、モノ、カネの巨大な集積地、人間の可能と享楽の極限、それが巨大都市としての『東京』なのです」
「都市化もビルの高層化も、交通の利便化も逆転させることはできません。しかし、それを自明のものとする姿勢は大いに疑うことはできるのです。想像力を働かせることはできるのです。『幸福』というものの意味を問い直す必要があるのです」

佐伯によると、人は一度、「市場競争」、「技術の開発」、「構造改革」「規制緩和」「金融自由化」「IT革命」「金銭的な利益を基準とすること」「都市化」「ビルの高層化」「交通の利便化」等々、すべてこれらのものを「自明のこととする姿勢」を疑わなければならない。そして、この疑う作業の中で「幸福」の意味を問い直さなければならない。これは基本的にすでに言及された佐藤の考え方と重なる。

佐伯はさらに問います、「この未曽有の出来事、しかもどこまでも理不尽で納得不可能な出来事に直面したとき、人は何を感じるのでしょうか。この恐怖から人を救うものは一体何なのでしょうか、この徹底した『無意味さ』から人を救いだすものは何なのでしょうか」と。そしてみずから答える、「それは広い意味で『信仰』と言う問題だと私には思われます。広い意味での『宗教的なるもの』です。『生』と『死』が重なり合ってしまった中で『生』の意味が失われてしまうというとき、人は『宗教的なるもの』に触れる瞬間を持つのではないでしょうか」と。

佐伯はここで「宗教的なもの」という言葉を使うが、彼によると、それは「深いところにある絶望から立ちあがってくるような祈り、虚無感と一体となった哀感、何かに対する畏れ、といったもの」である。彼によると「宗教的なもの」というのは「祈り」「哀感」そして「畏れ」に他ならない。「宗教的なもの」とは佐伯にとって、「浄土教とか禅宗とか、さらに言えば、特に仏教とかいう具体的なものではなりません。この現世にあって、いまここで生き、生活しながらも、現世・世俗を超えた『何物か』を感受することなのです。この世俗を超えた『何物か』は、私の場合、『死』というものが指し示す『無』にほかならないのです」と。「宗教的なもの」とは「死」が指し示す「無」に他ならないと。このような意味で、佐伯は彼のいう「宗教的なもの」は特定の宗教とは直ちに同じではないとする。特定の「具体的な」名をもつ宗教と混同されてはならないし、それは人が生き死にするところに顔をのぞかせる無の瞥見のことだとする。この無そのものは名を持たないし、持ってはいけない。佐伯はこの点で佐藤と共通している。両者は宗教の特殊な形を超えなければ生死の現実のありのままに近づけないとする。佐藤はヨーロッパやロシアの宗教に関する文献を自由自在に消化し、それに入って行くのに対して、佐伯はトルストイやカントなどキリスト教文化圏を彼の論を勧めるために使いこそすれ、最終的に依拠するのは日本の宗教および文学史からの文献である。この論考の著者個人としては、東西の文化の微妙な差異は世界の諸文化が共にシンフォニーを奏でるために放棄できないと思い、それを苦にしないだろう。

3 小さな幸福感が生きる力になる

五木寛之(1932年生まれ)は『新・幸福論』(2012)の中で「ぼんやりした不安」を抱きながら「あきらめること」を勧める。幸福論の中に「あきらめること」を導入する。東日本大震災は我々に自然の脅威を実感させた。東海地震も、南海地震も、関東の直下型地震も、刻々と迫る気配がある。「放射能の不安」がある。目に見えず、音も聞こえない汚染は広がりつつある。海も、山も、草原も、農地も、すでに汚染されている。これからは魚や、肉や、野菜などを覚悟して食べて行くしかない。五木はこういったあと、これは、「すでに取り返しのつかないこと」だとし、言う、「これは決して安易なあきらめではありません」と。彼によると、あきらめるとは本来、「明らかに究める」、「ハッキリと目をそらさずに事実を見つめる」ことである。

五木によると、我々がそれを手に入れたら幸福だと思い、追い求めてきた「青い鳥」はもういない。「一億総中流」、「原子力平和利用」、「福祉社会」、「高度成長」等々と呼ばれた「青い鳥」はもういない。私たちは「青い鳥」の去った後に生きなければならない。日本の社会は上流と下流に分化された社会になりつつあり、幸福の追求も分化された社会の中でおこなわれるという。しかも上流社会の政治経済は高齢社会が握っている。下流社会はその枠内での幸福の形を求めている。枠を超える幸福は努力して手に入れられるものではない。

これらの事を論じた後、五木は出世することと幸福という問題を取り上げる。彼によると、社会に出て、出世の階段を一段一段上がっていくようなことは、なるほど、人は誰でも認められたいものであるかぎり、無意味だとするわけにいかない。しかし、五木によると「勝ち抜き合戦」はもうしたくないという人々の数は増大しつつある。「エリートと非エリートが固定化していく」社会に生きていることを認識し、「そこそこの幸せ」ならばいいという。さらに五木は、長生きすることと幸福との関係はどうなっているのかについても語る。彼によると、長寿イコール幸福ではない時代は確実にやってきた。それどころか「長寿地獄」が出現したのではないか?「命長ければ恥多し」五木は長生きすれば幸せだという常識はもう通用しないという。

五木は彼の本を「絶望の中の小さな幸福」と題する章を以って閉じた。そこでヴィクトール・フランクルの『夜と霧』に言及していることに注目しよう。フランクルはフロイトの精神分析やアードラーの個人心理学を批判しながら、彼のロゴセラピーという心理療法とそれに基礎を与える実存分析を開発したウィーン出身のユダヤ人精神科医だった。彼はナチスの作った四つの強制収容所に収容され、過酷な労働生活に服したけれども、それを生き延び、解放された。彼はウィーン帰還を果たした後、強制収容所での体験を『夜と霧』に記録した。五木は「そういう極限状態の中で人間が生きて行くということは、ちょっと想像できないことなのですが、とにかく著者自身が生き証人であり、非常に感動的な体験が綴られていて迫力があります」と書く。五木は絶望の中にあってもフランクルと仲間たちを幸せにした例として彼らの自然経験を挙げる。

「わたしたちは、暗く燃え上がる雲におおわれた西の空をながめ、地平線いっぱいに、鉄色から血のように輝く赤まで、この世のものとも思えない色合いで絶えずさまざまに幻想的な形を変えて行く雲を眺めた。(中略)私たちは数分間、言葉もなく心を奪われていたが、誰かが言った。『世界はどうしてこんなに美しいんだ!』と」

フランクルはこのような自然の美しさの経験を体験価値と呼んだことは周知である。この価値は強制収容所の囚人たちにとって放棄できない価値であり、この価値を使いながらかろうじて極端に制限された彼らの人生の意味を充足したのだった。

五木は囚人たちが強制収容所生活を少しでも耐えやすくするためにユーモアを使ったことも報告している。フランクルは「気の合う仲間と、一日に少なくとも一つのジョークを考えようと決めて、悲惨な生活の中で無理やりにひねり出したジョークをお互いに披露しあって笑」ったと書いている。ユーモアは自分を見失わないための魂の武器だったが、このユーモアと知性は、先に挙げた自然経験と並んで囚人たちの過酷な生活を支えたのだった。五木は「強固な信仰とか偉大な思想とかヒューマニズムといったものだけが人間を極限状態の中で生かすのではない」ことに感動したという。そして彼はつぎのような考えで彼の本を結んだ。

「だから、私たちは、日常の中で自分の好きなこと、そのことが自分にとってすごく気持ちがいいとか、自分が幸福感を感じることをもっと大事にしなくてはいけない。そんな小さな幸福感もまた、こんな厳しい時代に私たちの生きる力になっていくのではないかと思うのです」と。「生きる力」となる「小さな幸福感」を「大事にしなくてはいけない」そしてこの「小さな幸福感」はけっして小さなものではなくて、その質からして全人生を支える大きな力となり得るのだ。

4 人生を半分あきらめて一瞬一瞬に生きる

諸富祥彦(1963年生まれ)は『人生を半分あきらめて生きる』(2012)の中で、「あきらめる」という考え方を重要として、「人生を半分あきらめて生きる」ことを提唱します。この本のタイトルには、地震とか津波とか放射能汚染という言葉も幸福というそれも出ていないが、この本の著者はもちろん東日本大震災を視野に収めている。

「いずれにせよ、多くの人が、多くのものを失うでしょう。仕事も、お金も、家族も、結婚も…。いままで、私たちが『幸福の前提』と理解していたものの多くが失われていくのです。現実の厳しさは、私たちがそれに適応する生き方を求めてきます」

これまで幸福の前提とされたものがどんどんなくなっていく現実に目覚め、それにみあった生き方をせよ。どんどんあきらめることを学ぶことのほかに現代という喪失の時代から人を救う道、安心の道はない。

諸富は五木と同様、「『あきらめる』とは、ものごとを、『明らかに見る』こと」でもあるといい、このことを説明するために一章を設ける。仏教の教えの中に「四諦」という考えがあるが、この「諦」は「真理を観察して明らかに見る」ということだという。四つの聖なる真理があり、そのうちの最初の真理は「苦諦」といわれ、四苦八苦が論じられる。広辞苑によると、「苦諦」とは「この世界の一切存在は苦であるという真理」である。四苦八苦とは生・病・老・死という四つの苦に加えて、愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五陰盛苦の四つの苦、合わせて八つの苦のことである。人間、どのような在り方であっても苦、何をしても苦であって、苦からは離れられない。これは何といっても真理であり、生きることはこれら四苦八苦を生きることである。この洞察を「あきらかに見る」という。

諸富はこの「明らかに見る」ことに触れながらいう、「それが自分のおかれた現実から目をそらさず、つぶさに見ることで、思いを断たざるをえなくなることがしばしばある」ことから、「あきらめる」という意味合いで使われるようになった」と。

これまで幸福だと思われたものごとや状態が実現不可能であることが分かり、それを実現しようという思いが崩れていき、それを断念せざるを得ないことを「悟る」、すなわちあきらめる。これが「明らかに見る」ことと「あきらめる」こととの関連である。ここには深いものがあるが、諸富はこのことを彼の心理療法の中に取り入れたといえる。

さきほどこの論考の著者は四苦八苦の具体的な内容に触れたが、第七番目の形の苦、「求不得苦」とは「求めるものはあり、それが得られない苦しみ」だが、諸富の「人生を半ばあきらめて生きる」ことはこの第七番目の苦に対処するための方法だと理解される。

諸富は6つの事柄との関連で「あきらめる」ことを論じている。
(1)「自分は、明日、死ぬかもしれない」とあきらめる
(2)「理想の自分になる」ことを、あきらめる
(3)「子育ては、なるようにしか、ならない」とあきらめる
(4)「理想の結婚や恋愛はできない」と、あきらめる
(5)「自分は、孤独死するかもしれない」と、あきらめる
(6)「うつで苦しむのは仕方がない」とあきらめる
「あきらめる」ことはここで「明日、死ぬかもしれない」ことと、「理想の自分」と、「子育て」と、「理想の結婚や恋愛」と、「孤独死」そして「うつで苦しむ」こととの関連で理解される。特にあきらめることが「明日、死ぬかもしれない」こととの関連で理解されることは諸富にとって決定的な役割をはたす。それがうまくいかなければ他の6つの「あきらめる」行為は挫折することになる。なぜなら、それは「さわやかに、あきらめて生きる」ためのレッスンの出発点をなすからである。

「明日、死ぬかもしれない」ことに直面して「私たち無力な人間にできることは、『ただ、この一瞬一瞬を心をこめて生きること』『いつ突然、人生の終わりが訪れても、思い残しがないように、日々を生きていくこと』ただそれだけだ、ということ」だからです。

この「この一瞬一瞬を心をこめて生きること」を措いて「さわやかに、あきらめて生きる」ことはできないからです。諸富は昨年「3月11日の震災の後、…このことを何度も、何度も、自分の中で反芻してき」たという。

この論考の著者は諸富の心理療法の要点を紹介したが、その結論部へ急ごう。彼はWHO(世界保健機関)の「健康」の4つの次元の定義に関連して、「幸福」の4つの次元、つまり「身体的幸福」「社会的幸福」「心理的幸福」「スピリチュアルな幸福」の次元があるとする。諸富によると、人は身体的、社会的、心理的幸福をあきらめても、スピリチュアルな幸福はあきらめることはできないようになっている。それは「すべてをあきらめても、残るもの」だという。スピリチュアルという言葉はあまり聞いたことがない読者がいるかもしれないが、私はそれを、通常の訳を踏まえて「精神的」と訳しておく。(ちなみに諸富は「たましいの」という訳語を当てている)精神的な次元の幸福は、他の3つの次元の幸福をあきらめても保持できるようになっている。「すべてに挫折しても『生きる意味』をえることはできる」なぜなら、「生きる意味」を尋ね求め、それを得るのは「精神の働き」だからである。

諸富がこのように言う時、彼はフランクルの『夜と霧』を念頭におく。フランクルによると、人間の精神は身体的、社会的、心理的状態の如何に関わらず、意味を求め、見つける可能性を保持し、人間はその限り絶望するには及ばない。諸富はフランクルと共に人間は「精神の気高さ」「崇高さ」「魂のミッション」「暗い闇の中に輝く光」「生きる意味」「超越的絶対性」「内面的深み」を生きることはできるとする。このように見ると、諸富は同様にフランクルを引用する五木に比較して徹底していると言える。五木は体験価値という精神の働きの一つの形に言及する一方、諸富はその形が出てくる精神そのものを問題にしている。しかし、諸富も五木もともに「あきらめる」ための解決を仏教の四諦のうちの、悟りに向かう八正道の修行としての道諦と関連づけることも可能だったろう。

5 救いあるあきらめを学ぶ

上に紹介した4人の著者たちは昨年の3.11東日本大震災のあと異口同音に死の影の中に生きることを余儀なくされながら、なお幸福について語ることができると感じ、それぞれの仕方で「あきらめながらもあきらめない」工夫をしていることを見た。さらにまた彼らは皆、このこととの関連において現在の苦境を超えるために「宗教的なもの」を語った。この「宗教的なもの」を語る際、それぞれの宗教経験に従ってある時は仏教的、或る時はキリスト教的伝統に繋がるが、基本的には積極的に多元的な立場を貫く。私自身、それぞれの著者たちの思索の深さに打たれている。

最後に、私がロゴセラピストとして教育を受けたロゴセラピー&実存分析研究所・チュービンゲン/ウィーンの所長で、元ギーセン大学のヴォルフラム・クルツ教授(1944年生まれ)の「あきらめること」に関する考えをここで取り次ぎたいと思う。21世紀の初頭に入ったとき、彼にとっても「あきらめること」についての思索が重要になったと見えて、このテーマに寄せて二つの大きな会議を主催した。一つは、2004年、彼の60歳の祝賀を記念して「あきらめの時代における勇気」を、もう一つは2005年、ヴィクトール・フランクルの生誕100年を記念して「あきらめの時代における意味」を扱っている。二つとも、医療、心理療法、教会、哲学と神学と宗教、労働世界と経済等などの分野で活躍する教授かつロゴセラピストの講演から成り立っていた。それらの講演は両会議の報告集の中に収録されている。クルツはフランクル生誕100年に寄せた「あきらめの時代における反抗能力の開発に寄せて ― 人格の促進の諸相」と題された講義の冒頭「あきらめの実存分析」の中で次のようにいった。

「人生のテーマの中心を自由に処理する人はあきらめない。彼を魅了する人生のテーマを持つ者。彼の諸力を持続的に挑発するテーマ。彼を過度に要求しないが、十分に要求する人生のテーマ。彼が意味深いとして体験する人生のテーマ。しかし彼の人生の意味深い形成のみならず、むしろ常に同時に他の人間の人生の保持と上昇にも何事かを貢献する人生のテーマ。この様な種類の人生のテーマを持つ人間はあきらめない」

「あきらめは、人間が生きなければならないにも拘らず、いかなる人生のテーマも持たないことを発見するときはいつも広がる。実にそうである。生きることは活動的であることを意味する。つねにそうである。終わりに至るまで、そうである。しかし、この活動的であることは意味深くあるべきであり、そして意味ぶかいものとして体験されることを欲する。人間の実存の中心的な動機づけ、意味への意志に対応しなければならない。それに対応しないなら、意味への意志が欲求不満に陥るなら、その時、人間は人があきらめという概念を使って言い表す心理的に困った状態に陥る」

クルツによると、あきらめは「人生のテーマの中心」を持ち、それを巡りながら人生を形成する人間には見られない。あきらめは、いかなる人生のテーマも持たず、また持つことができないでいる人間に現れる現象である。クルツによると、あきらめは目標と現状の「差異の経験」の情緒的表現である。「私はよい目標をもっている。しかし、それを達成していない。私は何か意味深いものを欲したが、それをまだ手に入れていない」人はどのように理想的にこのような差異の経験を解決したらよいか?これは心理療法における「あきらめの心理的健康」への問いである。

クルツはクライエントがあきらめと「建設的に」関わることができるよう8つの問いを提供している。
(1)私によって目指され、私が到達したいと思ったが到達しなかった目標は余りにも高いところに置かれたのだろうか?
(2)私がそれを到達できなかったのは私に内的な能力あるいは外的な手段が欠けていたからか?
(3)私は、必要な能力をつける、あるいは必要な手段を手に入れることができるか?
(4)私は私を苦しめるあきらめを私のあきらめとして受け入れ、あきらめの理由を主として私の中に探す勇気を持つか?
(5)私には、人生の目標を追求する際の辛抱強さ、あるいは実現可能性を消化するときの目盛を欠いているか?
(6)射損なった目標を、部分的目標へと分解し、いわば回り道をして最終的目標に到達するという仕方で、到達する可能性はあるか?
(7)私が実現しようと努力する目標を、私にいっそう相応しい目標で代替えすべきことはあり得るか?
(8)私が私のあきらめの状態を、まさにそれが私の重荷を取り除いてくれるので、差し当たり今はまったく放棄したいとは思わないことはあり得るか?

クルツによると、あきらめる者はこれらの問いを立て、それらを解決しながら、あきらめの障害を一歩一歩解決する途上にいる。これは「精神の反抗力」をフルに顧慮した心理衛生的方策である。この点、この論考の著者は、諸富は「精神の反抗力」を彼の療法において十分に生かしきっていないという印象を与えるといわなければならないと思う。クルツによると、人は目標をあきらめないで実現する道は、それを実現しようとする者にとって「過去の願望」や「未来への空想」に逃げ込まない仕方であるかもしれないことを執拗に問い続けることはできる。むしろ、クライエントの中に「精神の反抗力」を具体的な状況に即した仕方で覚醒させることが療法家の力量となるのではないかどうかは一度、熟考に値することのように思われる。療法において「激励」は良くないとしばしばいわれることであり、それは正しい。その場合、クライエントはますます「うつ」的になり得るということも正しい。しかし、このことはいつの時でもクライエントの人格やその都度の状況を見ながら「精神の反抗力」を覚醒する方途が閉ざされていることを意味しない。確かに、「ただ、この一瞬一瞬を心をこめて生きること」という構えの指導は必要であり、重要である。この構えを強化するために諸富の「ライフ・レッスン」は役に立つ。しかし、人は諸富におけるようにあまりにも早く「さわやかに、あきらめて生きる」わけにはいかない。むしろ、「目標」と「その到達」の間に出てくるクライエントの問題に即した「精神の反抗力」の覚醒、この意味での心理衛生は放棄することはできない。両者は矛盾しないで成り立つ。これはロゴセラピーの秘訣であり、秘密である。

クルツは上記の意味での心理衛生的療法の必要性と方法を展開したあと、現代という時代に顕著な「否定的なものの一面的な知覚」に警告を鳴らす。これは心理的衛生を真剣に受け取る場合出てくる当然な警告である。さらに療法家はこの時代の傾向に反対して、その都度、「意味への方向づけと問題による方向づけのバランス」を正しく創り出さねばならない。クルツはこのようにいった後、「勇敢なあきらめ」と「救いにみちたあきらめ」という二種のあきらめがあることを語る。

各人にはそれぞれの相応しい時間がと力が与えられている。またそれぞれに特殊な能力が与えられ、それには限界がある。各人はこの限界に満足しなければならないが、しかし、必ずしもこの限界を受けいれることはできない。もはやあり得ないもの、もはやできないこと、もはや持たないものに固着し、それらが欠けていることに悩み、嘆く。その上で、嘆くことをやめ、成れないもの、できないこと、欠けていることを受け入れると。同時に、逆に、それにもかかわらず自分に残っている可能性を探し、自らの生を意味深く形成し始める。クルツはこのような態度を「勇敢なあきらめ」とする。これは諸富のいう「さわやかに、あきらめて生きる」ことに対応するかもしれない。

さらに、クルツは言う、「人は自分からすべてを期待してはならない」と。彼は続ける、「神学的展望からすると、人間の実存の幸福は彼の生活に不可欠な神への信頼に懸かっている。それは信仰の中心を描写する」と。クルツによると、信頼は、「良いことは神から私に与えられるという他者に向けられた期待」として示される。「私の生は充実している!」「しかも実存のすべての規定の否定的な特徴にもかかわらず!」クルツがここで「規定の否定的な特徴」というのは人間に降りかかる「害悪(das Uebel)」のことである。すべての「形而上学的」害悪にも拘らず、「道徳的」害悪にも拘らず、そして「物理的」害悪 ― 身体的そして心的苦悩、病気、苦痛、障害、苦しい死、事故そして大震災のような「自然破滅」といった物理的害悪にも拘らず、信頼は人生の充実を人間からではなく、神から期待する。人はこの点において「救いに満ちたあきらめ」を語ることができる。

クルツはあきらめという概念は西洋の神学および精神史において ― 特に現在のこの言葉の現代的使用に反して ― 広く肯定的な意味を持つことを指摘する。「中世においてあきらめは宗教的献身に他ならない。それは自分の意志を放棄すること、神の意志に自分の意志を合わせることに他ならない」クルツによると、ドイツの宗教改革者、マルティン・ルター(1483〜1546)はあきらめを評価した。それはこの言葉が「神の前での正しい生活の総体を特徴づけた」からだった。ルターは書いている「スベテノ救イハスベテノ物事ニオイテ ― 聖職ニオケル物事デアレ、世俗的ナ物事デアレ ― 意志ヲ放棄スルコトノ中ニ存スル。ソシテ神ヘノアカラサマナ信仰ノ中ニ」と。

6 結び

この論考の著者は5人の著者たちの幸福についての考え方を通観しながら、あきらめの様々な形を学び知った。ここで取り上げたいずれの著者も、彼らに固有な人生のテーマの中心を持ち、提言を行っている。この論考の著者は彼らの主張や提言を再現することに心を砕いたが、私たちも彼らの主張や提言から何かを引き出したいと願う。この論考の著者は試みにそれをした。以下の結果が出た。

  • 東日本大震災と福島第一原発の爆発が要求する変化に対応するために精神の反抗力を解放し、放射能汚染に適応したこころと身体を作ること
  • 自分の人生のテーマの中心を押さえ、あきらめなければならない状況を作らないこと
  • 人生の目標を立て、それを達成するための心理衛生的技法を身につけること
  • 出世のために働く限界を悟り、働くことを喜びとする労働観を確立すること
  • 死への畏れとおののき、無力、哀感、祈りを受け止め、死生観を確立すること
  • 長寿は絶対に良いとする信仰を捨てる。小さな幸せを受け取る能力、自然の美しさ、芸術的世界、愛することを体験する能力を身につけること
  • 1日一回は冗談をいって人を笑わせる工夫をすること。それがうまくいかなかったら、もう一人別な人を見つけて、同じジョークをこの人に試してみること
  • 物質的な成功と繁栄と成長を自明としないこと
  • 「勇敢なあきらめ」を学ぶ。努力しても変えられないことは謹んで受け取ること
  • 「救いあるあきらめ」を学ぶため、例えば「八正道」や「聖書」を学習すること
  • 学習したことを忘れないよう繰り返し復習すること。

おわり

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現在のためのヴィクトール・フランクル
フロイト、アードラー、ユングと関連させて

関西大学文学部総合人文学科ドイツ学専修教授 芝田 豊彦

「人生の意味に対する問い」(die Frage nach dem Sinn des Lebens)を発することができるのは人間だけである。しかしこの問いは、現在においていっそう切実になっているのではなかろうか。それゆえに、この問いを中心に据えるフランクルのロゴセラピーこそは、現在にいっそう切実に求められる心理療法ではなかろうか。このことを、従来の心理療法と関連させながら考察してみたい。

フランクルのロゴセラピーは、フロイトの精神分析、アードラーの個人心理学にとって代わるものではなく、むしろウィーンで生まれた第三の心理療法として、この両者を補うものである。このロゴセラピーの自己理解は、例えば、フランクルが自我存在(=私であるということ)を意識存在と責任存在として捉えていることからも容易に納得できる。精神分析によれば、無意識的な抑圧が神経症を引き起こし、したがってその抑圧を「意識」することによって神経症が癒されるのである。それに対して個人心理学によれば、現実に適応できないために神経症に逃げこむのであり、患者は神経症という症状に対して「責任」があることに気付かなければならない。このように「意識」と「責任」は先行するふたつの心理療法の中心的な概念なのである。

しかしながら他方で、フランクルはふたつの心理療法をきびしく批判する。特に精神分析に対する批判は手厳しい。フロイトによれば、人生の行きつくところは死であり、「(人生の)意味を問う者は何らかの仕方で病気なのである」。フロイトの精神分析は、精神的なものを身体的ないし心理的なものに還元する心理学主義であり、フランクルのフロイト批判は心理学主義批判と言うことができる。それに対してフランクルによれば、「人生の意味への問い」は精神としての人間にふさわしい問いなのであり、その答えを見つけることができないことに神経症の原因がある。それ故に「人生の意味への問い」は、ロゴセラピー的心理療法の出発点となり、目標ともなる。

もっともフランクルは人生の意味を患者に与えたりはしない。そんなことをすれば、一種の新興宗教になってしまうであろう。ロゴセラピーはここで患者にコペルニクス的転回を要請するのである。すなわち、人間が人生に問いを立てるのではなく、むしろ人間は人生から問われる者である。言い換えると、人間は人生に対して責任を持つ(ver-antworten)ことによって、人生から与えられた課題をはたすことによって、人生に答える(antworten)のである。ここでも「責任性」が強調される。しかし個人心理学の責任性とロゴセラピーの責任性を取り違えてはならない。個人心理学の責任性は、神経症患者が症状に対して持つ責任であるが、ロゴセラピーの責任性は、患者ではなく人間が「みずからの現存在全体」に対して持つ責任なのである。またフランクルは、アードラーの劣等感の理論に生物学的還元(「器官の劣等」)やさらに社会学的還元(「共同体」)を見ている。

さて現代はどういう時代なのであろうか。たしかにフロイトの時代には、性的なフラストレーションが大きな問題であった。しかし現在では、実存的なフラストレーションの方がより重要である。またアードラーの時代には劣等感が問題であったが、現代では無意味感の方がより切実なのである。フランクルの言うところの「実存的空虚」である。現在大きな問題となっている薬物依存も、フランクルに言わせれば、100パーセントその根底に「無意味感」、すなわち人生に意味がないという感情が根底にある。また高度成長期を終えた現在の日本では、リストラというような問題が大きな問題になっている。したがって失業ノイローゼも大きな問題である。仕事がなければ人生が無意味に思われる、仕事を失った自分自身が無意味に思われるのである。失業保険という経済的サポート以外に、こころのサポートも必要なのである。どうも時代の動向はロゴセラピーを求めているようである。

また東日本大震災の後では、死者の冥福を公的に祈る機会も多くなった。しかし現代日本では公教育の現場から宗教は排除され、我々は科学的な唯物論的教育しか受けてこなかったことに気付くのである。祈りの場で違和感を持つ人も多いのではなかろうか。キリスト者が1パーセントにも満たない日本で、死者を悼む言葉として、極楽や浄土という言葉が使われず、キリスト教的な「天国」という言葉が頻繁に使われることに唖然としたのは筆者ばかりではないであろう。語彙の不在は、精神の不在を証明しているはずである。とは言え、宗教教育を復活するにも、日本にはそもそも復活すべき宗教がないのである。ところでロゴセラピーでは、神信仰ではなく、意味信仰が説かれ、「意味」が前面に出てくる。またフランクルが「医者による魂の配慮」を説くのも、宗教が世俗化された現代社会を前提にしているからである。(魂の配慮者とはもともと聖職者を意味した。)フランクルの著作等を通して、若い人たちが「人生の意味」を考える機会を学校や社会においてふやすことの方が、道徳や修身の授業を復活するよりもよほど有効で現実的ではなかろうか。そしてそのことは、伝統を生かしつつ日本人にふさわしい新しい宗教性を涵養することにもつながるように思われる。

最後に、多分に宗教的色彩を帯びたユングの分析心理学に言及しないと、片手落ちになるであろう。神経症を「意味を見出さなかったこころの苦しみ」とするユングの定義を、フランクルはよく引用する。また「無意識の宗教性」の発見をユングの功績として高く評価する。しかしユングにおいては、無意識の宗教性は集合的無意識の元型に還元され、エス的で非自我的なものと見なされる。したがって人間は、神へと決断するのではなく、衝動的に神へと駆り立てられることになる。宗教的衝動という言葉を使うユング派分析家もいるほどである。ここでは超越性が心理学的な内在性に取り込まれており、やはり心理学主義を認めることができる。しかもユングは、元型が脳に局在し、遺伝されると考えているので、超越性が生物学的な内在性に取り込まれていると言うこともできる。超越性はフランクル思想の核心であり、このような取り込みを認めるわけにはいかないのである。また集合的無意識ということから、ナチの犯罪をドイツ人全体の罪責とするような「集合的罪責」をユングは唱える。しかし罪責というようなものは個人にこそ帰せられるべきで、集合的罪責というような考えにフランクルは断固として反対するのである。

ユング的な集合的無意識とは、集団において時間的に連綿と伝えられる無意識である。しかしユングは集合的無意識を空間的にも拡大して考えるようになり、いわゆる共時性、意味のある偶然の一致という考えを提出するにいたる。心理療法の実際に携わるフランクルも、共時性という現象をよく体験したと思われる。私見によれば、フランクルは自身に起こった印象ぶかい共時的体験を三つ言及しているが、そのひとつにおいて、「そのような偶然に面して唯一ふさわしい態度」は「それを説明することをはじめから断念すること」であると言っている。そして、「それを説明するには私は愚かすぎるが、それを否認するには賢明すぎる」と続けるのである。ロゴセラピーにとって、ユング心理学との対決は必ずしも解決しておらず、これからの重要な課題であるように筆者には思われるのである。

小論発表の機会を与えてくださった安井猛先生に感謝するとともに、ロゴセラピー& 実存分析研究所・仙台のますますのご活躍を神戸の地から祈念する次第である。 (主たるフランクルの参照文献:Das Leiden am sinnlosen Leben. Der unbewußte Gott. Was nicht in meinen Büchern steht. Logotherapie und Existenzanalyse, Texte aus sechs Jahrzehnten.)

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V・E・フランクルの「人生の意味の問い」について

兵庫大学健康科学部健康システム学科教授 廣岡 義之

「人生の意味の問い」に気づかせる「ロゴセラピー」

さしあたり、「ロゴセラピー」の仕事とは、ある人がある行為をなすことによって、真・善・美を経験し、他の人を愛することにおいて人生に「意味」を見出すことができるように「援助すること」と説明できるでしょう。しかしさらに言うならば、「意味」に対する最も高い評価は、行為や成果や愛に「意味」を見出す機会を奪われてもなお、自らの「苦悩」に対して立ち向かい、自分自身を超越する人々のためにとっておかねばならないとフランクル(Viktor Emil Frankl,1905-1997)は主張するのです。私は、こうしたフランクルの思想に魅了されて、自分の生きる拠り所を再確認する作業を続けて日々を過ごしているのかもしれません。

人生の「意味」はすべての人に開かれている

確かにロゴセラピストといえども患者に、その「意味」がいったい何であるのかを告げることはできません。しかしロゴセラピストは少なくとも人生には意味が存在するということ、そしてその人生の意味はすべての人に開かれているということ、さらにどのような条件のもとであれ、人生の意味は存在するのだということを示すことはできるとフランクルは考えています。つまり人生は最後の瞬間まで、最後の一息まで、「意味」で満たされているというフランクルの思想は注目すべきところであろうと思います。こうしたものの考え方は、「無意味感」が蔓延する現代社会において、「生きる意味」を見失いかけている人々が立ち直るきっかけを十分に有していると言えるでしょう。また今回、未曾有の災害を経験した私たち日本人にとっても、おおいに参考になる考え方だと思うのです。

八九歳の癌の女性患者とおこなった「ロゴセラピー」のテープ記録

ここでフランクルの「ロゴセラピー」の実際を通じて、フランクルが一人の末期癌患者と対峙するなかで、余命幾ばくもない人に対してさえ、「人生の意味はいかなる場合にも存在する」という厳粛な事実に気づかせようとするフランクルの試みを紹介してみたいと思います。フランクルは治療不能で、死に直面している八九歳の女性患者との面接を彼の著作の中で公開しています。治療しても直る見込みのない癌で苦しんでいたその女性患者は、自分が癌であることを知っており、抑うつ状態になっていました。以下の記録は、「ロゴセラピー」の臨床講義に出席している医学生の前でフランクル自身によって実際に教示されたものです。

フランクル:あなたの人生を振り返って、人生は生きるに値するものでしたか。
患者:そうですね。先生。私はよい人生を過ごしてきたと言わねばなりません。

ここでフランクルは、彼女が発言とは裏腹に、自分の人生全体の究極的な意味を疑っているように感じたので彼女の疑問を挑発して、彼女もまた最後には、あらゆることにもかかわらず自分の人生を祝福し、自分の人生に対して「イエス」と肯定できるように、彼女の抑圧された無意識の実存的絶望と取り組もうとフランクルは試みています。

フランクル: あなたは、いくつかのすばらしい経験について語っておられますが、これらの経験はすべて終わってしまうとお考えですか。
患者:(思いにふけって)ええ、すべてが終わりです。
フランクル:あなたがこれまでに経験してきた幸福をだれかがだいなしにできると思いますか。
患者:いいえ、先生、誰もそれを消すことはできません。
フランクル:それとも、あなたが勇敢に正直に悩んだことを、だれかが、それをこの世から取り除くことができますか?
患者:(今や感動して涙を流している) 誰もそれを取り除くことはできません!

ここでフランクルは以下のような補足をしています。本来、「ロゴセラピー」は臨床的問題への「非宗教的接近法」ですが、患者が宗教的信仰を堅持している場合には、あえて患者の宗教的確信を活用することになんらの異議を申し立てたりはしないといいます。そこでフランクルはこの事例の患者が宗教的信仰を堅持していたため、むしろ「宗教的接近法」でさらに対話を続けていきます。

フランクル:神はアナスタシア・コテク(患者の名前)がその「苦悩」にどのように耐えるか、見たがっているとは考えられませんか。それでおそらく神は「そうだ、彼女はとても勇敢にやってのけた」と認めるにちがいありません。どうですか。だれかがそのような「成就」や「達成」をこの世界から取り除くことができますか、コテクさん。
患者:確かに誰もできません。
フランクル:あなたの「苦悩」にもかかわらず、最善を尽くしてきたのです。あなたは自分で「苦悩」を引き受けてきたということで、私たちの患者の模範になったのです。(今度は医学生たちに語りかけて)見よこの人を!(医学生たちは今や自発的に大拍手し始めた)この拍手はあなたへのものです、コテクさん。(彼女は今、泣いている)偉大な業績であったあなたの人生に対してなのです。あなたはそれを誇ってよいのです。コテクさん。自分の人生を誇れる人の何と少ないことか…。あなたの人生は不朽の業績であると言わねばなりません。だれもそれを、この世界から取り除くことはできないのです。
患者:(自制心を取り戻しながら)フランクル先生、あなたがお話し下さったことは慰めです。私を楽にしてくれます。本当に私は今までに、このようなことを聞く機会はありませんでした。

信念と誇りを取り戻した患者コテク

以上がフランクルと患者コテクとのロゴセラピーでの「対話」の概要です。この「対話」の一週間後にその女性患者は死去しましたが、フランクルによれば、彼女はその人生の最後の週にはもはや抑圧されておらず、逆に信念と誇りに満ちていたといいます。以前、彼女は自分が、「無用の存在」であるという不安に囚われていましたが、最後に彼女は、自分の人生が「意味あるもの」であること、自分の「苦悩」さえむだではなかったことを理解して安らかに亡くなっていったと、フランクルは報告しています。ここで重要な点は、人間が避けることもできず、変えることもできない「宿命」や「苦悩」に出会う際の人間各自の態度と心構えです。末期癌におかされた患者コテクの辛い「宿命」や「苦悩」を、人間的平面において一つの「行為」に変容させることのなかに、人間のすばらしさと偉大さが存在するとフランクルは強調するのです。

今回の災害で多くの人々が悲しみと不安の真っただ中に投げ出されました。しかしそれでもフランクルは、私たちには「生きる意味」がどこかに見出せるのだと主張するのです。今後、私もますますフランクルの思想に、心の拠り所を求めて学んでいきたいと思います。

参考文献:拙著、『フランクル教育学への招待』、風間書房、2008年。

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ヤスパースの文献について

会社員 大塚昌之

ヤスパースの文献をいろいろと探して調べていただきありがとうございました。何年も前から調べていたのですがヤスパースの文献は難解でどこに書かれているのか全くわかりませんでした。フランクルはヤスパースが人間を「決断する存在」と述べたことに共感を覚えて引用してるのだと思います。この「決断する存在」と言う言葉が何回かフランクルの記述に出てきたので、どこに書いてあるのか興味が湧き調べていたところです。本を1冊読んでいると、その本に関連する本も読むことになりますね。ヤスパースの「哲学的信仰」はなかなか手に入る文献ではないようですが機会があったら是非読んでみたいと思います。

私は心理学者でも、哲学者でも、精神医学者でもなく、会社員でして、ただフランクルの思想に興味があるだけです。私がフランクルの文献を熱心に読んでいた頃は、ちょうどオウム真理教の事件があり、なんで若者があんな教団にはいってしまうのか疑問だったのです。フランクルも言っているように人間には先導者が必要であるし、必要であるから様々な宗教が世界中あると思います。しかし、組織的宗教は上層部の人間の「決断」次第で良くも悪くもなってしまいます。宗教の基本は個人的な心の平和なのだから、個人的な宗教、いわば実存的宗教でなければならないと思うのです。組織によらない宗教が必要であると思うのです。フランクルの本の中にヒンズー教のことが書かれていました。ヒンズー教では子供の頃、教師から自分の神の名前を授かり、その後一生を通じて自分の神となり崇め奉らえるのです。このヒンズー教に実存的宗教のヒントがあると思うのです。フランクルのロゴセラピーは無神論者も有神論者でも関係なく行うが、ロゴセラピーを行なっていると結果として個人の宗教観が出てくる場合があると言っています。

私はこの「実存的宗教」はフランクルの「無条件の意味への無条件の信仰」と合わせると素晴らしい宗教観が生まれると思います。何しろ「無条件の意味への無条件の信仰」は絶望を勝利に転換できるかもしれないのですから。フランクルは人間を立体的に捉え、身体的存在、心理的存在、精神的存在、と言う三つの次元的存在論を論じていますが、宗教もいろいろな宗教、宗派があります、が私は一つの神を立体的に捉え、様々な角度から見ているために、いろいろな宗教があるのだと考えれば宗教は統一できると思います。

私は栃木県真岡市に住んでおりますが、仙台にもし行く機会がありましたらその時は、よろしくお願いします。

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5年先の自分

塞翁 中村完治

日本は少子高齢化により年金が破綻してきている。生活保護不正受給者も増大している。公務員は高齢者の雇用は守り、若者の就職を減らしている。自殺者も年間3万人代が続いている。国の経済改革は進まない。そんな中、大震災が発生した。これが、金を目指して働き、家族の崩壊を招いてきた過去を清算するよい機会になればと思っていたが。

被災地では、家族を失い、財産を失い、絶望の果ての中で、世界から全国各地からの暖かい支援の手が差しのべられた。仮設住宅は不便だが緊密な近隣の人たちとの触れ合いが実現できた。しかし、福島は放射能のためその触れ合いが出来ず、子供を抱えた親は全国各地へ避難したため、大家族は分断され、地域も分断されてしまった人達が多くいる。

原発再稼動には、もっと人間の原点に立ち返り考え直さなければと思う。ところが中央の政治家・経営者は、その再稼動を急いでいる。このままでは、震災で亡くなられた多くの人達の意義が失われてしまう。800年程前、京都で大地震・大火・竜巻の悲惨さを経験した鴨長明も、人々がこうした災害を運命とあきらめ何も学ぼうとしないことを嘆いていた。

私は団塊の世代で、今年サラリーマン生活を終えた。人口増加が止まった頃から厳しい時代になってきた。若い人たちは、これからずっとその環境に置かれることになる。私達年代以上は彼等の職を奪わずに、彼らの働きやすい地域の環境を整備するために、そこに無償に近い働きの場を創ってゆかなければならない。地域の大家族を目指して。

5年後には、誰もが活気に満ちたこうした環境の中で生活出来たらと思う。

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つれづれならぬままに・・・

所属:いであ株式会社東北支店水圏グループ
氏名:渡邊 弘毅
技術士(建設部門・総合技術監理部門)

「つれづれなるまゝに、日ぐらし硯に向ひて、心に移り行くよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、怪しうこそ物狂ほしけれ。…」鎌倉時代末期、1330年頃の吉田兼好は、その著作『徒然草』の冒頭で「やるべき事がなくて、手持無沙汰だ!」と著わしている。兼好は本当にヒマだったのだろうか?

元弘3年(1333)、分倍河原の合戦の敗退により、鎌倉幕府が倒壊して以後、引き続く南北朝・室町・後北条の時代は、全国的に戦乱状態の政治的不安定気であったという。そのため、日本全国の田畑や堤防、用水といった荒廃した社会インフラの復興、城塞築造の土木工事、武将の領有地の開発が進められ、土木技術の発展期であった模様である。この時代、どうやら随筆家はヒマでも、土木技術者は「つれづれ」ではなかったようだ。

現在では、「公共事業」というと「ムダ」といって悪者扱いされる時代となってしまっているが、公共事業を一切やめてしまったら、公共事業性悪説派の人々は一体どうやって生活してゆくつもりなのだろうか?公共事業はただ、「作る」だけではなく、それを「維持管理し、運営」してゆくことも含まれるのだから、電気は止まるわ、水道は止まるわで、ボーイスカウトか自衛隊経験者でなければ「つれづれ」なる生活は叶わないものとなるであろう。公共事業には、建設分野のほか、電気電子、機械、化学、情報工学…と様々な分野の技術者が貢献し、「つれづれならぬ」活躍をしている。こうした技術者の活躍や貢献度をもっともっと広めることが、私たち技術士ができることだと思う。

自然科学が発展する以前の人間生活は、洪水・雷といった自然界の現象に恐れおののく毎日であり、これらの現象を鎮めるために「神」を奉り、時にはイケニエまで行っていた。次第に人間が自然のメカニズムを理解し、それを広く様々な人々に普及することで、自然現象の恐怖から脱却し、安心・安全な生活を獲得していった。ややして、人間が快適に過ごせるために自然をうまく利用できるよう工夫をしていった。その工夫こそが「技術」ではなかろうか。この快適生活が19世紀の産業革命で大きく飛躍し、20世紀の宇宙開発で快適を通り越してしまったような気がする。

技術の発展が悪いわけではないが、人間を快適に生活されてくれている自然界に敬意を払わずに発展し過ぎると、昨今世界規模で問題となっている地球温暖化が進行し、逆に人間を苦しめる結果となってしまっている気がしてならない。技術の発展と自然界のバランスをうまく調和させることも、これからの若手技術者に必要とされることかもしれない。このことは、一人の技術者で行うことは到底無理であると思うが、様々な専門分野の方、技術者に限らず、このロゴセラピーで教わるような「人間の本質」を知る方が集結すれば、それを可能とすることができると思う。これからも、皆さんで連携して、世の中の人が「つれづれ」に生活できるよう力を合わせて行きたいと思います。

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5年という時

バプテスト仙台南キリスト教会牧師
特定非営利活動法人仙台夜まわりグループ理事長
尚絅学院大学総合人間科学部人間心理学科准教授
今井 誠二

5年後に思いを馳せようとするためには5年前を想起することが求められる。この5年間何があったかを想起し、同じく5年経った後、何が今の現実に接続して起こってくるのかを想像するこのひとときは、目の前に実際に起こっている事態への対応で精一杯な毎日を過ごし、現実に流されている私にとっては、異質な、そして大変刺激的なことであり、至福の時間だった。

5年前の2007年は本務校が女子短期大学から共学の4年制大学に再編されるのに伴い、短期大学英文科助教授から4年制大学総合人間科学部人間心理学科講師への任用替えの辞令を受け取った年だ。この年は、当事者たちの切望に応えて路上生活者の居宅保護施設を開始してから5年目であり、ホームレス自立支援法が成立してそれまで対峙する一方であった行政との共働作業が始まってから5年目、教会有志によるホームレス支援活動がきっかけとなって始まった単立バプテスト仙台南キリスト教会が設立されてから5年目であり、それぞれの場で、それまで全く無かった所から何かを生み出そうとする、いわば三足の草鞋を履いた産婆の苦しみと喜びが一段落終えたような、しかし、実際には何が起こっていたのかまだ分からないような時だった。そこから今日に至るまでの5年間は、何が起こっていたのか分からないそのまま、とりあえず出来上がったルーティーンを、修正を加えながら存続させることに時を費やした5年間だった。

北アフリカのリゾート、マラケシュになぞらえた真っ赤な大型自動二輪に乗り始めたのもちょうど5年前だった。父の納骨式の帰りにたまたま牧師が手放すことを耳にして格安で譲ってもらった出物だった。自分がそれまで作ってきたものを存続させることに腐心していた日常に、新たな側面が加わった。どこに行っても注目されるような派手な色や音のする乗り物に慣れるには、時間だけでなく、大胆な発想の転換が必要だった。妻とタンデムで温泉に出かけたり、奉職してから初めて許された研究専念休暇をとるために夏休みを利用し、大陸を自走して往復したりすることも、この乗り物を手に入れなければ考えつかなかっただろう。「おひとりさま」が好きな自分が、この乗り物を媒介にして半ば強制されるようにして、 10ヶ月間にロシア連邦、フィンランド、ドイツ、オーストリア、イタリア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、ギリシャ、チェコ、ポーランド(訪問順)という 11カ国の国境や文化を越えた多くの人々と知り合いになることができたのだった。手を広げるだけ広げて、こうした子供染みた冒険を繰り返している最中に、ひとりきりで 50歳の誕生日を迎えたのがテサロニキのホステルだった。学生たちには、「様々な可能性を試してみなさい。いずれ消去法のようにして、自分がやらなければならないことが絞られ、見えてくる」ということを常日頃から言い続けているが、それは自分に言い聞かせていたことだったのかもしれない。そして帰国して半年ほどして東日本大震災が起こった。

多くの生命、財産そして思い出の場や物が失われた。そして、貴重な税金が支援という名の下に湯水の様にジャブジャブと注ぎ込まれ、それまで支援や寄り添いなどということには関心がなかった者たちが、甘いものに集まる蟻の様にして集まり、雨後の筍の様にニョキニョキと地面から顔を出し、震災を利用して売名行為に走る者たちや復興事業を利用して懐を肥やす者たちが次々に出てきた。そうした者たちが去っていくのは時間の問題である。5年後に被災地に残るのは、新しい道路と堤防と港湾施設と被災した私たちだけなのだろう。

5年後に私たちは心とからだの平安を取り戻していたいと切に願う。その頃は、震災直後に生まれた子どもたちがちょうど小学校に入る準備をし始める頃なのだ。私たちは彼ら彼女らに何を語り、何を伝えようとするのだろうか。震災の当事者になったものとして、この時に起きた事を彼女ら彼らに語り継いでいくことは、たまたま生き残った私たちの使命の一つでもあるのだ。

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5年後の自分

マネジメント コンサルタント
桂 利治

西多賀神社庭
撮影 桂

毎年1月に手帳を新しくする際に決まってしていることがあります。それは、「自分のミッション、価値観、目標を見直すこと」です。ここで毎年何らかの目標を書き込んでいますので、この文章を書くにあたって手帳をめくってみたら、新たな発見がありました。

目標は確かに書いてあるし、そのためにやるべきタスクも書いてあるのですが、そこからわかったことは「5年後の自分はまだよくわからない」ということでした。なぜなら、各タスクの期限を定めていなかったからです。

目標には期限を決めなさいと言われますが、中間での達成イメージができていない場合は必ずしもそうとも言えません。基本的に個別のタスクには「期限を設けない」ほうが早く終るからです。

人は普通行わなければならないタスクを同時に複数抱えています。それらを適切に行うために締切を作るのが常識です。そして多くの場合、締切ギリギリまで仕事は終わりません。特に、自分で完結するタスクは日常の忙しさの中で後回しになり、期限も曖昧になります。

これを防ぐためには期限を決めず、価値観の軸から優先順位を定め、「現在の最優先タスク1つに集中し、それをできるだけ早く終わらせる」というモードに切り替えることが大事です。このモードで行動すると、自分で想像していたよりも1年間で実現できることは多いです。5年後ともなると・・・今から楽しみですね。

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五年先の自分

介護職
佐藤 順子

先日天文台で「金星の太陽面通過」を観測させてもらいました。この現象が日本で見られたのは、8年前の2004年、さらにその130年前の1874年だったそうです。ちなみに次回見られるのは105年後の2117年だそうです。

また、つい先ごろ新聞で「健康寿命」というのが発表されていました。これは「平均寿命」とは違い、元気に過ごせる期間で男性は70.42歳、女性は73.78歳というものでした。何にせよ次回の金星太陽面通過を観測するのは難しいようです。

では、本題の五年先の自分に思いを馳せてみることにします。年齢を数えると私は今とそれほど変わり映えしないような気がします。ただ、パートナーは人生の曲がり角を曲がり切ってしまうようですから、やはり私も一緒に曲がりたいと思います。

五年前研究所が開設され、やっと「これからの自分を考える」ことに目覚めました。以来、少しずつ生きやすい自分になってきたのを感じ、現在は「ちょっといいかも」とたまにひとりで微笑んでいます。

昨年のような予期せぬ出来事があるかもしれませんが、五年先の私は清々しい気持ちになっていると思います。

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五年先の私

NPO在宅緩和ケア支援センター"虹"
代表理事 中山 康子

私は、当研究所でロゴセラピスト教育研修を受講して4年目に入っています。この研修を受けていることは、5年後の自分に影響があります。私は看護師ですので、病む人やその家族の相談にのったり、同じケアの専門職の仲間にメッセージを送る機会に出会います。特にがんという病と生きなければならない方々と多く出会う立場にいます。

5年後の私は、今よりもう少し大きな組織に所属し、私らしい管理の仕方を模索していると思います。そして、ロゴセラピーで学んだことをこの5年間で自分のものにし、私の言葉で病む人や一般の方々、ケアに携わる方々にメッセージを出していると思います。もしかすると、ロゴセラピーで学んだことを管理に活かす管理職になっているかもしれません!

50歳代は、その昔でしたら人生も終わりの年齢ですが、現代ではまだ時間が与えられています。この与えられた時間をどう生きるかはとても面白い体験です。私はこだわりが少ないので、それは時にマイナスに働き、自分で帯を締め直さなければならないこともありますが、自分の可能性を自由に試せる生き方は自分でもいいなぁと思っています。(苦労は多いですが・・・)

セラピストとして生きるのではなく、唯一無二の仕事に私は就いていると思います。

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5年後の自分

会社員
千葉 幸恵

5年後の私の願いは、人と繋がることができる人になることです。研究所での学びを通して自分を捉え直し、認め、新しく生きていこうとその都度決めることは容易なことではありませんが、その積み重ねは私の内面に大きな変化をもたらしています。その変化に伴ってわかってきたことは、他者と相互に作用し合える関係が生まれる時は、自分のために一人で生きている時だということでした。

人生が混乱していた時の私は、普通の社会生活は送れるけれども、知らず知らずのうちに周囲の人を私の混乱に巻き込んでいた、ということに、今は思いが至ります。

私がそのような生き方を選んでしまっていた背景と弊害を教えてくれたのは、エニアグラムでした。エニアグラムの中身を、タイプの分類に囚われず自分の事として理解をすることができました。その一方で理解をするほどに、戻ることのできない過去に対し、悲嘆や悔恨の気持ちを覚えた時もありました。

この気持ちと向き合いながら研修やセミナーを受けるうちに私に湧いてきた思いが、私の人生も悪くないな…私の身に起きたことは私の糧になる。そのようにして人様のなかで人と繋がって役に立って生きていくことができる人になりたい、ということでした。自分の居場所を見つけたような気持ちがしました。

これから先の、私たちの命を脅かす環境の変化の中にあっても、私のこの願いは私を支え導いてくれるように思います。

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5年先の自分

臨床心理士
市井 聡子

5年前の私は何をしていたんだろう?何、考えるまでもない。住まいも家族構成も日々やっていることも大きく変わってはいない。感情の浮き沈みなんか割とあると思っているのだが、人生を左右する程のことには繋がっていないようだ。こういうことを人は平穏というのだろう。この穏やかな生の営みの基盤はどうなっていたかというと、昨年の東日本大震災では、私の周りにある自然は大変動した。私という生き物は、広い大地の上に乗っているゴマ粒程度の存在なのだろうとありあり感じないわけにはいかなかった。

あれから1年経ち、災害から生き残った高揚感はもう消えた。今あるのは、一つには放射能に対する不安。政府の発する情報より、自分にある不安の方が私は信頼できる。しかし、実際のところどう対処してよいかいまだわかっておらず、○○産のものは食べないでおこう、とやっている程度だ。私達が生きるのに欠かせない空気は水は安全なのか、本当はとても心配。そして最近とみに感じるのが、震災体験が私の中で風化していること。震災の衝撃から心が回復できた証拠だと思うが、「復興」、「絆」ブームの収束に私も流されているような気がして、時々はっとする。

自戒を込めて言う。5年後も震災のことを想う人でいよう。

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現在(いま)思う過去からの未来

臨床心理士
小林(旧姓 谷村) 真紀

2歳のある朝、あのまま2階で寝ていたらどうなっていただろうかと思うときがある。家が全焼したからだ。虫の知らせとはあのようなことだろうかと思う。助かった命の重みを感じている。昨年の大震災当日の午前中、私は港町にある実家に電話をかけた。南三陸沖地震のことが気になったからだ。来るとしたら震度7の巨大地震、避難場所の確認を伝えた。そして、2時46分、あの地震が起きた。地震直後、奇跡的に、電話が1回だけ繋がった。津波がくるので避難したほうがいいと伝えてから間もなく、それは実家に押し寄せた。両親は2階に駆け込み、命拾いしたそうだ。家は全半壊してしまったが、家族が無事だったことに感謝し、前を見て生きたい、犠牲になられた方の無念を忘れずに生きたい、私はそう思う。

高校生の頃、カウンセラーをめざし、20歳の頃、10年後の資格取得を目標に掲げた。それが叶い、スタートラインに立てた今、さらに10年後の自分を探している。5年後は、家族が増え、色々な役割を担いながら目先のこと、そのまたさらに先のことに奮闘しているのではないだろうか。今年の4月に1歳を迎えた息子は、歩行練習をしている。進んで転んでは起き上がりの繰り返しだ。小さい体を奮い立たせて挑戦する姿に、大切なことを教わっている気がする。共に歩んでいきたい。

私に教え導いてくださるものが、私にとって光であるならば、それをきちんと感じて受け止められるようでありたいと思う。そして、また、誰かのための光となり得る存在となっていたらと、願う。そっと、輝く花のように。

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ひとりぶつくさ

やすい うゐこ

数日来『ユダヤ人の成功哲学「タルムード」金言集』を読んでいたさなか、 「東電の無責任」というタイトルに纏められたニュースが様々の報道機関から耳に入ってきた。と、関係なさそうなこの二つの事が大いに関係あることに、ふと、気付かされた。

タルムードとは、5000年の歴史に亘って伝承されたユダヤ人の知恵の集大成である。各巻400頁に及び、全30巻存在するという。敬虔なユダヤ教徒はこれを彼らのヘブル語聖書と共に日毎の糧として各々の家庭で学んでいるという。このことを知って、「あぁ、だから、ドラッカーにもフランクルにも…相似通う考え方があるように思えたのかな」と、ひとり納得した。

上記の書はユダヤ教に改宗した日本人によって書かれたもので、著者は日本人とユダヤ人の考え方、生活の仕方の違いや意識の違いを克明に記しながら、その上でこの違いはこれからの日本にとって必ずしもポジテイブではあり得ないかもしれないと示唆している。

この書に共鳴しつつなぜかこどもの頃を思い出していた。当時、住んでいた家のかまどでご飯炊きを手伝いながら、いつかは大人になるんだ、どういう大人になるんだろう?と自問をしていた。この問いにどういう答えを見つけたかは思い出せない。ただ、あの頃から、週末には叔父の寺を訪ね、被爆により無縁仏になられた方々の遺骨の並ぶ御堂に従姉妹たちと一緒に坐り、経を唱え、時には一人で瞑想をしていたことは記憶の底にある。しかし、大人になることへの答えを見つけられないままに思春期を過ごしたのだろう。高校時代には、10歳の時に出会っていた聖書に再び魅かれるようになり、卒業後にはキリスト教会の門をたたき、聖書学院の講座まで勉強した。後のドイツ在住24年間には、ユダヤ教の聖典の中から『箴言』や『コヘレトの言葉』、当時、日本ではまだ広くは知られていなかった(と思う)『知恵の書』や『シラ書』は殊に親しんで読んだ。

世の中(人類共存)の構造には儒教的・日本的だけでは通用しない面が多々ある。その体験も経て、人間の良心と愛と希望に向き合い、刻々の自分の在り様を精魂傾けて観察し、十数年の時を懸けて会得し還元することも覚える作業は、大げさにいえば修行の歳月でもあった、そしてこれは延々今も続く…。

バブルに踊らされ、バブルのはじけた日本には、国の再建に奮闘し続けた団塊世代の人々の蔭に、右の頬を札束で叩かれながら、その束を左の手でおし戴き、後ろを向いて舌を出し、前を向けば作り笑みを浮かべてまことしやかに嘘を語る構造が存在するようだ。

そこがミソ! そのような社会構造だからこそ、真の良心に目覚め、まっ正直に生き尽くすための知恵を持ち、人間の高貴さを証する勇気を発揮できるかどうか、各人にいつの時も厳しく問われている。

五年先もこの世に生があれば大人になることへ終わりのない望みを懸けながらなお陽気な73歳か、それとも彼岸の人か? 五年先には次世代へのバトンタッチも可能にしておきたいと思えばまだまだ長生きが必要な修行も終えるわけにはゆかない人か? 先の見えないところが生きる秘密、人間の手中にはないことのように思えてくる。

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冨吉建周教授との対話 その2

安井 猛

ニュースレター第3号の中で冨吉教授の問いにたいする私の答えを掲載したあと、冨吉教授はもう一度、「なお残る問題」を書いてよこされました。それはフランクルの「精神」あるいは「精神的なもの」の解釈の問題に関するものであるように思われました。

冨吉教授は私と同様、滝沢克己(1909〜1984)という哲学者に師事されましたが、滝沢(敬称略)は「神人の原関係」「原事実」を生涯、語り続けました。神人の根源的関係の事実は人間の存在と働きを含めて文字通り万物が存在し生成する根拠、基礎および目標であるとしました。従って彼は「精神的なもの」はこの「原事実」から出てそれを目指して生成するのであり、原事実は絶対に「精神的なもの」に先立つと考えた。冨吉教授は滝沢に習って、フランクルを次のように批判します。

「フランクルはこの『原事実』を『精神の次元』のこととして曖昧にした、あえて言えば『原事実』を人間の意識の次元のことと受け止めた」と。

冨吉教授は「精神的なもの」の外に客観的な「原事実」を想定しておりますから、フランクルの、あるいは私の理解するフランクルの手続きは「原事実」を曖昧にしてそれを「精神の次元」のこととしてしまうといって批判するのです。

私は冨吉教授との対話においては心理療法である限りでのロゴセラピーを論じているのですが、その際、私に重要となるのは『がんの痛みからの解放とパリアティブ・ケア』です。それはがんの痛みからの解放と積極的支援ケアに関するWHO専門委員会報告書(1989)、そしてその原著、WHO Technical Report Series #804、WHO, Geneva 1990であります。

ロゴセラピストとしての私はこれを念頭に置き、その枠内で考えますが、この報告書は身体的、心理的、社会的の他に霊的という四重の意味での健康を問題にします。そこでは健康の定義づけの中に「霊的」視点が導入されています。この視点の導入はまだWHOの決定ではありませんが、私もそれを健康の画期的な定義づけと評価する一人です。

ヴィクトール・フランクルのロゴセラピーの考え方もこの定義づけに影響を与えたとされており、このことはこの報告における48頁(日本語訳)、「霊的(spiritual)(フランクルの言語ではgeistig、筆者注)という用語の定義」の箇所からもそれとして解ります。

「霊的な因子は身体的、心理的、社会的因子を包含した人間の『生』の全体像を構成する一因と見ることができ、生きている意味や目的についての関心や懸念とかかわっていることが多い。とくに人生の終末に近づいた人にとっては、自らを許すこと、他の人々との和解、価値の確認などと関連していることが多い」

The spiritual aspect of human life may be viewed as an integrating component, holding together the physical, psychological and social components. It is often perceived as being concerned with meaning and purpose and, for those nearing the end of life, this is commonly associated with a need for forgiveness, reconciliation and affirmation of worth.

「霊的な因子」はここで「生きている意味や目的についての関心や懸念」と関わると理解されておりますが、これはフランクルの言語です。また、「自らを許すこと、他の人々との和解、価値の確認」これも彼の思考の中心を占めています。

この文のすぐ前の文は「多くの人々にとって『生きていること』がもつ霊的な側面には宗教的な因子が含まれているが、『霊的』は『宗教的』と同じ意味ではない」とあります。ここでは「霊的」と「宗教的」は区別されております。同時に「霊的」は「宗教的」を「含む」と考えられております。

うえにWHO専門委員会の理解による「霊的な因子」の内容に触れました。それでは、フランクルはどのようなものを「精神的なもの(das Geistige)」の内容と考えたのでしょうか。社団法人ドイツロゴセラピー&実存分析協会の学問的顧問、ヨルク・リーマイヤー博士によると、この次元に属するのは次のような人間固有の出来事だとしております。「事柄のそして芸術上の興味、創造性、宗教性そして倫理的感情(「良心」)自由な決断、愛、自己超越、自由、責任、態度、価値および意味の方向づけ、希望、世界への開け、感動、職業上のエートス等々」。フランクルとともに「精神的なもの」を語る者は必然的にここに列挙されていることを語るということでもあります。

ロゴセラピーは「精神的なもの」の上に、あるいは奥に、それを超える客観的現実として「神人の原関係」「原事実」があることを「教える」ことはしません。むしろ精神的存在としてのクライエントは「原事実」を客観的現実として措定することができる存在で「ありえる」とします。この可能性を使うことが起こりえるような存在であるだということ、まさにこれは人間の「宗教性」「自由な決断」そして「良心の自由」です。

WHO専門委員会は国連の「宗教および信仰におけるすべての差別と不寛容の撤廃宣言」を引き合いに出します。そして委員会はこの宣言が「霊的および宗教的多様性を基本的価値そして尊重」するよう要求すると指摘します。ここでは「多様性」が問題になっております。「すべての人間は、思想、良心および宗教の自由を権利として持つ」ということです。これはいうまでもなくがんの緩和ケアにおいてのみならず、心理療法においても勿論、当てはまります。

それ故、私は一定の宗教の内容の上に心理療法の業を基礎づけてはならないというフランクルの警告を真剣に受け取ります。彼は周知の通り、宗教は心理療法としてのロゴセラピーの対象とはなるが、心理療法の基礎、立場そして目標となりえないとします。私はニュースレター第3号の中で、心理療法を宗教に方向づけてはならないとのフランクルの言葉があることは良いことだ、それは「心理療法の鉄則」であると書きました。心理療法は宗教ではないという基本姿勢は守らなければならない。さもなければ、療法のための時間は宗教を議論する時間になってしまう。そのために料金を戴くことになるではないか。宗教は必要ないのではなく、心理療法家と牧師および神学者の分業は必要だとするのです。中途半端な療法家と中途半端な牧師と神学者だけが心理療法と宗教を混同するのです。

このことを確認したあとで、私は勿論、ヴィクトール・フランクルはユダヤ教を実践したユダヤ人だといいます。そのような人格として彼は意味焦点化心理療法としてのロゴセラピー&実存分析を開発しました。人生の意味を語るための前提として三つの価値、創造価値、体験価値、態度価値を語り、これらの価値の実現こそ人生の意味充足に他ならないとしました。私は次に、これはどういうことかに触れたいと思います。

リスト・ヌルメラというフィンランドの大学私講師は2005年、オーストリアで開かれたフランクル生誕100年記念祝賀講演会における講演「ロゴセラピーはフランクルの宗教的信仰に影響されているか?」(『意味と人格』2006)中で、上記三つの価値の概念はいずれもすでにタルムードと旧約聖書の中に存在していたのであって、フランクルはそれを拾い上げたにすぎないとしました。さらに言及された価値実現の前提となる人間の「責任」と「自由」という概念、さらに神を暗示する「超意味」という概念についてもこのことは当てはまると論証しました。ヌルメラは言います。

「ロゴセラピーはユダヤ的心理療法と見做されることはできないにも拘らず、同時にまた、フランクルの思惟の一つの重要な背景としてのユダヤ教的遺産は見過ごされることは許されない。なぜなら、ロゴセラピーを通して単にフランクルのみならず、ユダヤ教も又西洋の人間主義達成への見過ごされることのできない貢献を行ったからである」と。

ここで二つのことを確認します。一つには、フランクルのロゴセラピーにおいて彼の思惟の背景としての「ユダヤ教的遺産」が見過ごされることはできないほどに現れている。ユダヤ教はフランクルを通して「西洋の人間主義の諸達成への…貢献を行った」つまり、カトリックとプロテスタントだけがヨーロッパにおいてこの貢献を行ったのではなかった。フランクルは自らをこの貢献の道具とした。これが一つ。他方、ヌルメラは「ロゴセラピーはユダヤ的心理療法と見なされることはできない」ことも認めている。積極的に言うと、ロゴセラピーはユダヤ教徒以外の人々にも理解され、使用されるメリットを持ち、宗教の壁を越えて人類に貢献するが、これを押さえるべきということです。

宗教は確かに、一つの民族がその中で生きる自然、風土そして地理、政治の構造、生産および労働の組織、経済の立て方、教育、戦争と平和、服装、食習慣、建築、芸術等々に浸透し、その民族の文化の核心部分となります。誰が一体これを避けることができるでしょう。誰が一体それを避けることが望ましいとするでしょう。それは民族の文化の核心部分としてそれに属する成員の心の拠りどころ、生き甲斐の懸けどころとなります。誰かがそれに反逆し、それから分離しようとしても、それは彼のこの行動の中に様々な形で姿を現します。この意味で宗教の違いは無視できません。それ故に先ず、フランクルが属するユダヤ教が彼のロゴセラピーの中に貫くことを認識しなければならない。ヌルメラの言うようにこれは決して小さなこと、無視できるかもしれないことではありません。

しかし、ヌルメラによると、「ロゴセラピーはユダヤ的心理療法と見做されることはできない」ことも確かです。ロゴセラピーの中に現れる「超意味」と言い換えられる神概念、責任と自由についての考え方、さらに生きる意味の充足の通路としての三つの価値など、ロゴセラピーの構成要素は、それ自身、その民族性を超えてもいる。それらの構成要素がロゴセラピーという心理療法の中に取り入れられた瞬間、それらはフランクルの個人的な宗教的信仰を超えてもいるということです。それらはその瞬間、脱ユダヤ教化することによって諸民族の使用のために解放されることのできるものになったということです。他の宗教を持つ諸民族とその成員が、それを望みさえすれば、ロゴセラピーを理解し、それを使うことができるということです。創造価値、体験価値そして態度価値が他の民族、例えば日本の文化の一部になる。あるいはまた逆に、それらの価値が日本に土着しようとする際、日本の文化と宗教の代表者たちの批判に晒され、拒否されるかもしれません。これも異文化交流にありふれた現象です。

ロゴセラピーが日本の精神風土の中に受容されるとした場合、それは日本人のものの考え方、生活の立て方のなかに解体するということでもあります。ロゴセラピーが影響を及ぼすということはそれが純粋な脱ユダヤ化を完成して、それ自身を日本土着の生き方、物の考え方のなかに消失するということかもしれません。

あるいはまたロゴセラピーを土着化する人間たちは、彼ら自身の文化になかったけれども、彼らに役に立つと思われる部分をロゴセラピーの中に認めて、まさにその部分の形あるいは名前を保持しながら彼らの文化の中に位置づけることになるかもしれません。ロゴセラピーはその名と、その日本人に役立つ特別な部分の形を保持しながら、日本の文化に貢献するということもあります。

この両方の可能性の実現はこれからまだまだ遠い将来のことになるでしょう。

私がこれまで言ったこと、そして言いたいことを纏めてみましょう。

第一に、今日、心理療法としてのロゴセラピーの日本への移入は、それが日本において心理療法として使われる限りにおいて脱ユダヤ、脱宗教化しなければならない。このようにしてロゴセラピーはWHO専門委員会の水準において使用され得るものになります。

第二に、心理療法としてのロゴセラピーの、日本への導入の意義は、それが実際に心理衛生、すなわち心理的危機予防及び危機からの回復のために有効性を発揮するかどうかにかかっている。ロゴセラピー批判はこの観点からその正当性を保持する。

第三に、この心理療法の日本への導入の意義は、それがどれほど多くの人々の神経症治療に役立つかどうかという基準によって測られる。

第四に、心理療法としてのロゴセラピー受容の成否はそれが精神病患者の精神科的治療の随伴のためにどの程度有効な援助を行い得るかを基準として測られる。

このような展望からする批判のみが正当な批判となります。私としては心理療法としてのロゴセラピーの、他の諸々の形態の心理療法との関係を問い、この心理療法の位置を規定するよう努力しております。そのようにしながら日本ロゴセラピー&実存分析研究所・仙台を運営しております。ロゴセラピーとキリスト教、ロゴセラピーとキリスト教的仏教あるいは仏教的キリスト教の対話に関する議論も国際的な交流と競争に属する課題ではありますが、それを論ずることは別の機会に譲りたいと思います。

冨吉建周教授との対話をとおして私はロゴセラピーの土着化についての考えを述べる機会を得ることができました。このことにつきまして教授に衷心より感謝申し上げます。

(おわり)

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編集後記

安井 猛

* 投稿者の皆様には「5年先の自分」というテーマで素晴らしい文章をお寄せいただきました。このテーマを巡って様々な観点を持つ思考世界が出現いたしました。不思議なことですね、みなさん異口同音に過去五年と来る五年の立体的構造を言語化しております。それぞれのエッセイの内容をここに手短にも要約できないので、各自、味わって戴きたいと思います。ありがとうございました。

* 芝田先生にはヴィクトール・フランクルの「人生の意味に対する問い」をフロイト、アードラーそしてユングとのかかわりで論じていただきました。廣岡先生にもフランクルの「人生の意味の問い」をこの精神科医と終末期癌患者コテクさんとの問答をもとに描いていただきました。お二人とも日本における優れたフランクル研究者であられ、注目すべき論文や著書を発表しておられます。専門的な貢献をありがとうございました。

* 会社員の大塚昌之さんは、ある日突然、メールを下さいました。お仕事のかたわら、フランクルの研究を続けておられるとお聞きして、そのメールを掲載させていただきました。こつこつとフランクル研究に励んでおられます。私も「無条件の意味への無条件の信仰」という言葉に考えさせられております。転載許可をありがとうございました。

* 皆さん、すみません。皆さんの頁に先立って長々と10頁も書いてしまって。4人の著者たちによる震災後の「幸福論」とヴォルフラム・クルツ先生の論考を辿るうちにそうなってしまいました。何れの幸福論もわたしたちに助けを提供しております。「あきらめること」はロゴセラピー的に言いますと、心理衛生であり、勇気あるあきらめ、救いあるあきらめとなるというのが趣旨です。著者たちとクルツ先生に感謝いたします。

* 「冨吉建周教授との対話 その2」では「霊的」と「宗教的」とのかかわりに関する対話で、幾分か専門的な議論です。しかし、その問題の専門家でない方々も理解できるようにと思いながら書きました。この対話はニュースレター第3号に掲載された対話 その1の継続です。冨吉先生と、この短文を読んでくださる方々、ちらっと一瞥を投げかけられる方々に感謝いたします。

* ニュースレター第4号を私たちの日本ロゴセラピー&実存分析研究所・仙台開設5周年記念日に発行し、それをその祝賀会の席で皆様に配布できますことを感謝しております。

* 次5号は2013年1月発行予定です。タイトル「いまの日本とわたし」と題してみました。12月5日締切です。皆様からの寄稿をお待ちしております。ご意見ご感想もお寄せくだされば幸いに存じます。

* 皆様のご健勝とご多幸を心より祈念申し上げております。
弊研究所関係者一同。

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